#009
「景吾先輩〜」


後ろから東宮さんがついてきた。


「アーン?どうした」


「なんで、神田先輩は準レギュラーの方に行っちゃうんですかぁ…?鏡華が、なにかしましたかぁ?」


その言葉に一瞬、お兄ちゃんの顔が固まった。
それは親しいメンバーしかわからない程度の小さな変化だったけれど。


「ああ。レギュラーと準レギュラー、別々にしたほうが、いろいろと効率がいいからだ」


わかったら仕事に戻れ、そう言わんばかりの言い方。


「わかりましたぁ…失礼しまーす」


そう言いながらマネージャー用の部屋のほうに向かう東宮さん。


「ざくろ、」


小さく、周りに聞こえないような声で名前を呼ばれた。


「なんですか、お兄ちゃん」


「あいつが何しでかすかわからねぇ。油断はするな」


「わかりました。…ありがとう」


それだけの会話をして、お互い部活の準備をするべく別れた。



(いったいどういうことよ!!)


その頃東宮は、部室に戻るなり周りのものに当たった。
さきほどの跡部の態度に不服だったらしい。


(どうして、景吾先輩はあんな子に優しくするのかしら!!)


自分に対する態度とざくろに対する態度の違いに、苛立ちが隠せない様子だ。


(お姫様は私なのに!!若先輩も、萩之助先輩も、景吾先輩まで!!!)


収まらない苛立ちに、周りの物は割れ、潰れた。
それに、苛立ちの理由は彼女の中にまだあった。


(あの子が居ないと仕事が増えるじゃない!そもそも、ドリンクも洗濯も、やったことなんてないわ!)


そう、今一番の苛立ちは先程跡部に言われたあの言葉だった。
今まで応援だけしかせず、他の雑用を全てざくろにやらせていた彼女は、マネージャーとしての仕事を何一つ覚えていなかった。
そう遠くない昔に、ざくろに教えてもらったというのに、だ。


(とりあえず、今日はどうにか凌がなくちゃ…)


そう考えていると、マネージャー用の部室の扉が開いた。


(そうだわ…!!)


浮かんだ考えに、思わず口角が上がった。


お兄ちゃんと別れ、部室に入ると、其処は物が散乱していた。
その中にはまだレギュラーメンバーと仲が良かった頃に買ってもらった写真立てやマグカップ等もあった。


「東宮さん…?どうしたの、これ…」


あまりの事態にまさか他の人が入ったのでは…と思って彼女に近寄った。


「ねぇ、神田先輩?」


貼り付けたような笑顔を浮かべ、私を見る東宮さんに背筋が凍った。


「私…私、言いましたよね…?お姫様は私1人で良いって」


思わず足を止めると、一歩、彼女は近付いてきた。


「ねぇ、先輩。それなのに、どうして今日の朝、若先輩と居たのですか…?」


一歩、近寄られた分離れても、また彼女は踏み出す。


「それに、今日はお昼、萩之介先輩と居たじゃないですか。それに、景吾先輩にも、助けられていたし…」


近寄って、離れて、また近寄られて…それの繰り返し。


「さっきだって、景吾先輩に何を言ったんですか?どうやって、私の駒を、奪ったのですか…?」



“駒”


その言葉にさすがの私も頭に血が上った。


「景吾先輩は、貴女の駒なんかじゃないわ。勿論、他のメンバーも!」


確かに彼らは私にとって大切な存在だから。
それを平気で駒扱いする東宮さんが許せなかった。


「駒、ですよ。かっこいい人はみーんな。私のために動いてくれるんです…」


だって、ね?


そういうと、思いっきり机に飛び込み大げさなほどにこけた。


「やめて!!やめてください…っ!いやああああっ!!」


悲痛そうな声で叫ぶ東宮さん。
いきなりのことの体が固まると、外からたくさんの足音が聞こえた。


「どうしたんや鏡華!!」


一番に入ってきたのは忍足先輩。
壊れるんじゃないかってくらいの勢いで部室のドアを開けた。
そしておそらく、視界に飛び込んできた光景に言葉をなくしたようだった。


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