#008
それから、萩先輩に教室まで送ってもらうと、同じクラスの準レギュラーの坪山くんを萩先輩は呼んだ。


「じゃあ坪山、あとは頼んだよ。放課後のことは後で連絡するから」


「わかりました、任せてください」


そう言って、胸を張る坪山くんを見て萩先輩は可笑しそうに笑って自分の教室に戻った。


「神田、今までちゃんと助けられなくて悪かったな」


「ううん、大丈夫。坪山くんにも事情があるわけだし」


坪山くんは席が遠かったはずなのに、隣の席の子(今日私のことを睨んでた子だ)に言って席を替わってもらったらしい。
なんだか本当に申し訳ない…。


「滝先輩からメールもらって、俺が教室では見てるから…またよろしくな!」


ニッ!と歯を見せて笑う坪山くんに私もつられて笑った。


私への暴言が無くなったわけじゃないし、寧ろお昼のことがあって益々酷くなっていたけれど、彼のおかげで少し楽になった。


それから、午後の授業も終わり、SHRも何事も無く終わった。


「じゃ、跡部部長の所に行くぞ、神田」


「え、あ…そうだったね」


お兄ちゃんのところに行くのをすっかり忘れていた私に、坪山くんは苦笑した。


「お前、結構抜けてるよな」


「え、それどういうこと?」


「そのままの意味だよ!」


そう言う坪山くんの後ろを着いていった。
つい癖で下を向くと、彼はいつも優しく声をかけてくれた。


周りの視線を感じながらも、お兄ちゃんの教室までつくと、扉の前で腕を組んで待っていた。


「跡部先輩、神田を連れてきました」


「ああ、ご苦労」


そう言って私とお兄ちゃんを残して坪山くんは踵を反した。


「あの、坪山くん!」


呼びかければ、振り返って首を傾げた。


「ありがとう、その…今日助かった、から」


「いいってことよ!」


そう言って手を振る彼の姿はかっこよかった。



「お前、ああいうのが好みか?」


「…そういうわけじゃないですよ、景吾先輩」


いきなりの問いかけに、うっかり家で話すようにしそうになったけれど、周りの視線に学校での口調に戻すことが出来た。



「まぁいい。滝から話は聞いているだろう?」



「はい。今日から、ですね」


「ああ」


小さく頷くお兄ちゃんに連れて行かれ、テニスコートへと向かった。


校舎内でもすごかったけれど、コートに近付くにつれて視線は増え、さらにきついものになっていく。
その多さに少し気分が悪くなった。
でも、お兄ちゃんが居るからなのかわからないけれど、いつものように罵倒する言葉が聞こえてくることは無かった。


「大丈夫か?」


「平気です、すみません…」


軽く頭を撫でられ、周りから悲鳴が聞こえた。
…さすがは我校一の人気ですね…。


着替えずまっすぐテニスコートに向かい、レギュラー用コートと準レギュラー用コートの真ん中で止まった。


「集合!」


お兄ちゃんが声を大きくして、活動中の部員に召集をかける。
それに皆集まり、私の前にはレギュラー、その後ろに準レギュラーが並んだ。
勿論、その中にはレギュラーと楽しそうにしている東宮さんの姿もあった。
私を見つけるなり、嫌な笑い方をし、隣に居た忍足先輩に隠れた。


「大丈夫やで、鏡華。こんだけ人が居ったらアイツは何も出来ひんからな」


「でもぉ…鏡華、恐い…」


甘えるような声で忍足先輩と喋る東宮さん。それに優しく宥める忍足先輩。
その姿に、胸の奥が“ズキン”と痛んだ。
目の前の光景に体が無意識に震え、視線を彷徨わせると、2列目に並んでいた萩先輩が私に向かって笑顔で手を振ってくれていた。
その笑顔に少し安心して、まっすぐ前を見据える。


「今日から、神田には準レギュラー専属のマネージャーとして活動してもらう。異論は受け付けない」


そう言い放つと、解散!と一言言ってコートを出た。
私も慌ててそれに続く。


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