あのあと、結局日吉くんはそれ以上何も告げず、朝練に戻った。
私も、それにならっていつもどおりの仕事をこなし朝練を終えた。
もちろん、この時間に彼女が来ることは無い。
教室に向かう準備をし部室を出ると、たまたまお兄ちゃんにあった。
「景吾先輩、」
小さくそう呼ぶと、こっちを向いた。
「どうした?」
「昨日、部日誌の提出を忘れていたようで…すみません」
あくまで、他人のように振舞う。
これは私がこの学園に入学するに当たって決めたこと。
何でも完璧にこなしてしまうお兄ちゃんと比べられるのを避けるために決めたこと。
「…昨日の日誌は東宮の担当のはずだが?」
そう少し怪訝そうに言うお兄ちゃんに本当のことを言えず、黙り込んでしまった。
そういえば、提出忘れなんて初めてだな、と思った。
「…すみません」
そう謝ると、お兄ちゃんは何かを察したのか背を向けて歩き出した。
私も、少し遅れて歩き出す。…お兄ちゃんと距離をとるように。
「はぁ、」
小さく溜息を吐き下足室へと向かった。
登校時間だから仕方ないのだが、いたるところから不躾な視線が私に向けられる。
指差し蔑む人、わざと聞こえるように私への中傷の言葉を投げつける人。
それを全て無いものにするように足早に立ち去る。
自分の靴箱から異臭がした。
開けてみると、生ゴミやら泥やら…。これをここの生徒が入れたのかと思うと、なんだか悲しくなった。
いじめが始まってから靴を持って帰るようにしていたので、私には何もダメージは無いのだけれど。
「あそこ、超臭いんだけどー」
化粧の濃い女の子が私を指差す。
「しかたないよ、ほら神田さんだし」
「あー、神田さんだからねぇ!」
品の無い笑い声。周りもそれに同調するように笑う。
悔しくなって、俯いた。
「うっわ、なんやねん。くっさ」
独特の言い方、妙に艶のある声。
あぁ、そういえばこの人朝練来ていたな、なんて思った。
…一時期はあんなにも慕っていたというのに。
「なんや、お前のとこか。ほんま迷惑やねんけど」
眉間に皺を寄せて、不快感を全面的に押し出す忍足先輩は、昔の優しさなんてどこかに行ってしまったようだ。
「てか、存在自体がありえへんわ」
絶対の拒絶の言葉。
立ち尽くしていると、ちょうど予鈴が鳴った。
だんだんと周りの人が居なくなり、その場には私だけが残った。