ラララ存在証明 | ナノ

  これは愛しいきみにだけ





______結婚できる年になったら、僕のお嫁さんになって。

無一郎がそう言って数年が過ぎた。そして、今日、私たちは祝言の日を迎える。

「わあ!薫ちゃん、とっても綺麗よ!」

白無垢に身を包んで顔を上げると、にっこりとした笑顔で禰豆子ちゃんが私を見ていた。その後ろで善逸君は、何やらぎゃあぎゃあ喚いている。そして、その横にいたカナヲちゃんと炭治郎君が顔を綻ばせいていた。

「…ありがとう。」

そう告げるのが精一杯で。胸に落とした暗い感情を必死に隠そうとしたけれど、クンクンと鼻を鳴らした炭治君が心配そうな面持ちで眉を寄せた。

「薫ちゃん、具合でも悪いのか!?何だか苦しそうな匂いがする。」
「え、」

その声が部屋に響いた途端、スパーンッと襖が開いた。

「それ本当なの炭治郎」
「え、あ、時透君??」

炭治郎くんの静止を無視して、無一郎はこちらに歩み寄る。車椅子に座っている私の元にたどり着いた途端、ペチペチと頬を触られた。

「顔色は悪くないかな?と言うか、お化粧でよくわかんないんや。昨日元気がないなとは思ってたけど、まさか具合悪かったの?何で、そうやって隠そうとするかな。その癖いつになったら治るのバカなの?」
「………花嫁を最初に見たお前の一言に、こっちはびっくりだよ。」
「善逸さん、メッ!」
「そうは言ったって禰豆子ちゃん。」
「うるさいな、外野は引っ込んでてくれる?」
「ヒィッ、元柱まじで怖い…」

いつかの日だったか。こうやって私が他の人と話していると、ムッとした表情でこっちを見た後、その人たちに毒を吐いていたっけ。

「薫、具合悪いの?正直に言って。」
「いや、あの…無一郎…?」

体の調子は大丈夫なんだけど、大丈夫だって伝えて信じてくれる雰囲気ではないなこれは。そう悟って、この状況の発端である炭治郎君に目を向けると、彼は何を勘違いしたのか、人払いを始めていた。いや、この状況で無一郎と2人きりにされる方が困るんですけど。そう思って見つめるけれど、私の思いは届かなかった。

「じゃあ、俺たち先に会場行って待ってるから!」

人気がなくなって、あたりは一変、シーンとした重苦しい沈黙に包まれる。どうしたものかと思案していると、先に行動に出たのは無一郎だった。だんだんと彼の顔が近付いたかと思えば、額と額がコツンと触れ合う。

「熱は、ないかな…。」
「む、無一郎…あの、心配してくれているところ悪いんだけど、体の調子は全く悪くないよ。」
「………じゃあ、さっきの炭治郎の言葉は何?」
「それは、」

だって、幸せすぎて。幸せな日々が、一瞬のうちに無くなっていったことを経験している私にとっては、それが怖すぎるのだ。いつだって別れは突然で、明日もこうして笑い合えているって言う保証なんてどこにもない。

「薫?」
「………」
「薫、黙ってたら分からないよ。」

私と無一郎が、この世を離れるまで、もう後数年しかない。それが怖いのかと問われれば、否、とすぐに言える。だけど、平和でないこの世を知っている分、自分たちが去った後、みんなはどうなるのかとか、そんなことを思うと漠然とした不安が押し寄せてきて、どうしていいか分からないのだ。

「ねえ、薫ってば!薫!!僕を見て!!」
「!!」

はっと顔を上げれば、眉間にシワを寄せた無一郎が、私のことを見つめている。その瞳に映る私の姿は、とても醜くて、今日の主役だなんて誰も思わないだろう。

「何、どうしたの?」
「………あ、だいじょ」
「大丈夫じゃないよね。また悪い癖出てるよ。具合が悪くないのはわかったから、その心に秘めてる爆弾をさっさと差し出してくれない?」
「何で、」
「震えてるから。」

ふんわりと抱きしめられて、無一郎の腕の中に閉じ込められた。とくんとくんと彼の心の臓が拍動を刻む音が聞こえてくる。

「な、なんて言ったら良いか分からないの…」
「うん。」
「なんか急に怖くなって…ごめ、でも上手く説明できな…」
「うん、うん…。薫が説明下手なことくらい知ってるよ。何年一緒にいると思ってるの。それでも良いから、今、薫が思ってることを、全部、僕に教えてよ。言ったよね、それでも僕は、薫が好きだよ。」

よしよし、ってまるで赤子をあやす様に髪を撫でられて。その言葉を筆頭に、止めどない思いが、抑えきれない感情が、溢れ出していく。

「私なんかが幸せになっても良いのかな…」
「俺たちが幸せにならないと、兄さんに怒られるって言ったのは薫でしょ。」
「不死川さんの弟さんも救えなかった…あの日、たくさんの人が、私、助けられなかった、わたしのせいで、みんな死んで…」
「薫のせいだなんて、誰が言ったの?そいつシメてくるから。」
「だ、だめ…私が悪いから…私が弱いから…」

とうとう涙がこぼれ落ちてきて、せっかく綺麗に着こなしているのに、無一郎の着物の袖を濡らしていく。

「ああ、もう。せっかく綺麗なのに。泣かないでよ、薫。」

お化粧が崩れない様に、必死に涙を拭われる。祝言の日に、こんなに泣いてしまうなんて、私は、何をやっているのだろうか。

「本当は、1番に綺麗だよって言いたかったんだ。」
「ごめっ…」
「たくさんの犠牲の上で、僕らが生きているのは事実だよ。それはどんなに足掻いたって変わらないけれど、だから俺たちは、幸せになるべきだと思うんだ。亡くなった人達が、幸せな未来を歩めなかった分も、僕たちが。」
「無一郎…」

ゆっくりと大好きな顔が近付いてきて、私は受け入れる様に瞳を閉じた。そこからは、もう涙は流れなかった。

「愛しているよ、薫。」

無一郎に導かれて会場にたどり着くと、たくさんの人たちが、私たちを祝う声が聞こえてくる。盃を口に含んで笑い合った。今、私たちがここに存在していること、その奇跡に心から感謝を込めて。






20200711

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