私の存在証明
生きる意味が分からず、この世に私の存在価値なんてないと思っていた私に、存在することの意味を示してくれたのは君だった。
「薫!!」
頬が濡れる感覚がして双眸を無理やりこじ開けると、ポロポロと涙を流す無一郎がいた。身体を起こそうとしても、上半身に痛みが走って出来ない。その涙を拭おうと、そっと彼の頬に手を伸ばすと、触れる前に手を握られた。
「生きて、る?」
「…良かった。2週間も意識が戻らなかったんだよ、薫。」
「そうなんだ…」
戦いは終わった。無惨は倒せた。鬼は居なくなった。でも、それと同時に、数え切れないほどの犠牲がある。
「無一郎…ありがとう…。」
あなたが居たから、私は頑張れた。この世を去ってしまった人たちのことを考えると、私なんて生き延びて良かったのだろうかなんて思ってしまう。ましてや、先行きも短いと言うのに、だ。
「なにそれ、お礼を言いたいのは僕の方なのに。」
「無一郎がいてくれたから、私は生きていられるんだ。」
「こっちの台詞なんだけど!…ねえ、薫。」
コソコソと耳打ちをするように、無一郎の唇が私の右耳に触れる。ちゅ、と甘い音が漏れた後、大好きな声が私の耳を刺激した。
「………残りの薫の人生を、僕に頂戴。」
「え、」
「あれ?聞こえなかった。数年後、結婚が出来る年になったら、僕のお嫁さんになって。」
「私は、」
「愛してるよ、薫。」
無一郎の唇が、私の唇を撫でる。身体を気遣ってくれているのか、触れるだけだったが、とても幸せだと思った。
「薫がいてくれたから、俺は自分を見失わなかったんだと思う。」
「そんなの、私だって、」
生まれた時から鬼に苦しめられてきた。生きる意味が分からず、存在価値も見出せなかった。その度に、私を好きだと言ってくれたから。ひとりぼっちじゃないのだと教えてくれたから、私はこの世に存在していられたのだ。
「僕が証明してみせるって言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ、だから私は、」
「うん。分かってる。だって、逆もそうでしょう?」
「え、」
世間はこの関係を執着とか依存と言うのだろうか。だけど、それもきっと悪くない。
「元気になったら、お参りにも行こうね。きっと、みんな薫に会いたがってる。」
「うん。ねえ、無一郎。我儘言っても良い?」
「…なに?」
両手を伸ばして、無一郎の背に手を伸ばす。
「抱きしめて。」
はしたないと思われるだろうか。だけど、彼の心音が聞きたいと思ってしまった。すると、無一郎はするりとベッドの中に入ってくる。
「え、なにして?」
「抱きしめてって言ったの、薫でしょ。まさか起きるつもりだったの?自分で自分の身体のこと分かるとか言ってたのは誰だっけ?馬鹿なの??」
「な、」
ゆっくりと身体を右に向けた。それだけで負傷した肺が痛んで、思わず呻いてしまう。
「けほけほっ、」
「ほら、だから言ったのに。医者の卵のくせに馬鹿だよね。もしかして、肋骨が折れてることに気付いてないの?」
憎まれ口を叩きながらも、優しく背中を撫でられる。
「鎮痛剤、という、ものが、この世に、ある、んだ、よ…」
「はいはい。」
「ふう…けほっ、は…」
なかなか治らなくて苦しんでいると右耳が、無一郎の胸の中に埋もれる。なにがしたかったのか、彼にはお見通しだったようだ。
「…満足した?ちゃんと生きてるよ、僕。」
「!」
「ていうか、今の夢だと思ってたら許さないからね?求婚したことも忘れないでよ。」
「は、い…」
再び目蓋が重くなっていく。まだ、起きていたくて抗おうとするけど、それは難しくて。
「ああ、言うの忘れてた。おかえり、薫。」
その言葉を最後に、私は再び夢の中へと落ちていった。
失ったものは取り返せない。数々の犠牲の上に、これから生まれてくるであろう者たちの明るい未来が広がっている。それは私たちの余生にだって言えることだ。交わした約束通り、君と手と手を取り合って、残りの人生を生きていく。そして、また、君に会えたのなら、今度は3人で幸せになりたいね。
「お待たせしました!」
「早すぎるぞ、この愚図!」
「兄さん、なんでそんなこと言うんだよ。褒めてくれないの。」
「お前らは、何で揃いも揃って同じことを言うんだ。」
私はきっと、私と言う存在の意味を知るために生まれてきたんだ。私は、幸せだったよ。
「大好きだよ、」
私に生きる意味を教えてくれて、ありがとう。
[完]
20200624
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