意思をしいた軌条
ガバリ、と身体を起こした。
「薫!」
焦ったように無一郎が私の名を呼んで抱きしめてくれる。今まで何をしていたのだろうか、と思考を巡らせようとした所で、酷く頭が痛んで呻き声を上げた。
「う、…ったぁ」
「薫!?頭痛いの?」
「時透くん、彼女を横にしてあげてください。」
「、はい。薫、横になろう?」
私は布団に寝かされていたようで、再度その中へと押し込められた。視界に映るのは見慣れない天井。此処が、無一郎の屋敷だと言うことを認識するのに、大分時間がかかってしまった。そうだ私は、巡回の途中に無一郎と鉢合わせて、有無を言わない形で此処に連れられてきたんだった。辺りを見渡すと心配そうな顔で私を覗き込む無一郎と、凛とした佇まいで私を観察しているしのぶさんがいた。
「ごめん、迷惑かけた…」
「「迷惑なんてかけられてない(ですよ)」」
2人揃って返ってきた返事に、安堵の息が漏れる。
「わたし…」
「思いの外、鬼の力が強まってるようですね。」
「鬼…?」
「薫ちゃん、大事な話をしましょう。貴女の身体のことです。」
その前に、此方の薬を飲んでおきましょうかと、しのぶさんが粉末を取り出した。いつの間にか無一郎が湯飲みを持ってきていて、恐らくその中に水が入っているのだろう。先ほど寝かされたばかりだと言うのに、私は無一郎に支えながら起き上がった。
「、」
薬を口に含むと、苦味が広がる。良薬口に苦しとはよく言ったものだ。
「貴女の身体を、ずっと調べさせて頂いてました。」
「あ、はい…そうだろうとは思ってました…」
「結論から言うと、貴女は血鬼術に侵されています。」
「…そうなんですね、」
今だからこそ、すんなりとその言葉が受け入れられる。夢の中で彼に出会ったからだろうか。
「あら、意外とすんなり受け入れられるんですね。今まで鬼の血が流れているものだと思ってきた貴女は、信じて下さらないと思ってましたよ。」
「お館様から、聞いていたので。」
「お館様から?」
「ようやく隠し事が無くなると肩の荷を降ろされてました。」
______よく聞いて、薫。そして、決して現実から目を逸らしてはいけないよ。受け入れるんだ。そうすれば、きっと、
「君は君の存在意義が分かるよ。」
「…?」
「そう言ってくださいました。だけど、あの時の私は、まだよく分からなくて…」
「薫…」
俯いた途端、私の背を支えてくれていた無一郎の手に力が入ったのが分かった。大丈夫だよ、と言われているような気がする。
「貴女は、ちゃんとした人ですよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「幼少期から今にかけて、何度も貴女を惑わし続けた幻聴のせいで、何を信じていいのか分からないかもしれませんが、私の言葉を信じて下さい。」
「しのぶさん…」
「貴女は大切な仲間で、鬼殺隊になくてはならない存在です。」
「嬉しいです…」
「そして、これからも決して折れないでいて欲しいと願っています。」
しのぶさんの両手が、私の手のひらを包み込んだ。この世に存在していて良いのだと、その言葉がなによりも嬉しくて、だからこそ下を向いている暇はないのだと思った。
「今、世間は落ち着いています。ですが、来たる日が必ず来る。日の光を克服した彼女の争奪戦が行われるでしょう。」
日の光の下を、トコトコと歩いていた禰豆子ちゃんの姿が思い浮かんだ。原因はどうなっているのかは分からないけれど、彼女は立派な私たちの仲間だ。絶対に守らなければならない。
「貴女を洗脳している鬼ですが、下弦以上の力が付けられることは明白です。」
上弦三体がいなくなった今、無惨はそれの補充に追われているだろう。これから、もっと幻聴が酷くなる可能性が高いと、しのぶさんは述べた。
「大丈夫です。私はもう1人じゃないから。」
私の背を支えてくれる無一郎の方を見た。優しく微笑んでくれる彼の存在は、なによりも心強い。
「その言葉が聞けて安心しましたよ。それで、これからのことなのですが、薫ちゃんは、なるべく1人で行動するのを避けてください。」
「はい…。」
「時透くんと一緒にいるのが、1番良いかもしれませんね。」
ふふ、と含み笑いを向けながら言われる。その言葉に、頬が熱くなった。
「それから、此方の通達は既にご存知だとは思いますが、4日後、緊急柱合会議があります。その場で、貴女の身体の状態を他の柱の皆さんに説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
私の顔色を窺いながら、優しく述べられた内容に、意を決して大丈夫だと伝えた。
「…きっと誰も、貴女のことを否定したりしませんよ。」
「ありがとうございます。」
「4日分のお薬は、時透くんに渡しておきますので、毎食後飲んでくださいね。そして、次会う時までに何か気になることがあれば、すぐに相談してください。」
「分かりました。」
それでは、私はそろそろ失礼しますとしのぶさんは立ち上がった。無一郎は見送りをしてくると言って、私を横に寝かせた後、その後ろをついていく。その後ろ姿に感謝の念を込めながら見送った後、天を仰いだ。この1日だけで、色んなことがあったように思う。
______薫、どうして信じてくれないんだい。
「うるさいよ、」
1人になった途端、襲いかかってくる悪しき声。自分を強く持たなければと、布団を握りしめて、呼吸を整えた。私が信じたいものを私は信じる。
「新しく結んだ約束みたいだね、」
ふふふ、と小さな笑みが溢れた。そして、有一郎くんの姿を思い浮かべる。
______会いたいよ薫。私の元へ来てくれないのかい。
「大丈夫大丈夫、だいじょうぶ。」
悪しき声に混ざる愛しい父親の声は、本当に狡いと思う。どうして、父親の声だけ聞こえるのだろうと思った途端、視界が黒く淀んで見えて、慌てて頭を横に振った。未確定な情報については考えなくて良い。
「お待たせ、薫。………薫?苦しいの?」
今分かってる事実の中で、私が信じたいものを信じれば良いのだ。ゆっくりと状態を起こして、大好きなその存在に触れようと歩み寄る。それを制するように、無一郎が私を包み込んでくれた。
「無一郎のことが、大好きだよ。小さい頃から、ずっとずーっと。」
「………僕もだよ。」
「夢の中で、有一郎くんに会ったの。」
「兄さんに?」
「相変わらず、怖かったなあ。」
冷たい物言いしか出来ない彼の優しさは、きっと私達くらいしか知らない。
「凄く怒ってた。お前ら2人が幸せになってくれないと困るって。」
「!…そうなんだ。」
「私たちの代で、こんな苦しい戦いは終わりにしたいね。」
そして、あわよくば生き残って、平和な世界の中を2人で暮らしてみたいなあ。きっとそれは凄く難しいことだろうけど、そう願わずにはいられない。
「私は無一郎が居ないと生きていけないからね。」
「何それ。そんなの僕もだよ。」
「知ってる。」
「生意気。」
ペチンと額を優しく叩かれた。私を見つめる優しくて透き通った瞳に引き寄せられる。だんだんと無一郎の顔が近づいてきて、受け入れるように瞳を閉じた途端、温かい感触が唇に触れた。
「ねえ、薫の全てを僕にちょうだい。」
ギラつかせた瞳に囚われてしまっては、もうきっと逃げられない。だけど、それも悪くないなあなんて、呑気なことを思いながら、同じ布団に潜り込んだ。
20200529
prev /
next