最期の言葉が零れ落ちる

パチパチ、と数回瞬きを繰り返した後、見つめ返した。国見くんの言っていることの理解ができない。否、認めてはいけないと脳が警鐘を鳴らしている。

__なんで、俺じゃダメなの

その言葉は、まるで、

「あー……俺ダサい。ごめん、忘れて」

忘れられるわけがない。そう思ったのと同時に、今の私の状態が頭をよぎった。明日もどうなっているか分からない原因不明の病に犯されている私に、それを言う権利はあるのだろうか。もしかしたら私は、__。そう思うと、胸が苦しくなる。唐突に胸元を抑えて肩を震わせる私をみた国見くんが、ナースコールを押そうとするので、それを遮って頭をフルフルと横に振る。生理的な涙が頬を伝っていくのと同時に引き寄せられた。

「大丈夫だから、尾崎」

発作が出る度に、この腕に助けられていたのを思い出す。柔らかい柔軟剤の香りが鼻を掠めて、全身を優しく包み込んでいく感覚がした。ポンポンと労るように撫でてくれる手が、混乱する私を落ち着けていく。

「ごめん。困らせたよね」

そう言って笑う声は、どこか悲しげで。ゆっくりと国見くんの胸元を押すと、温かな体温が離れていく。それに名残惜しさを感じつつも、今の私の想いをスマホに綴った。

(困ってないよ、嬉しかった。でも、)

「でも?」

ハッとなって、スマホの電源を落とす。今私は、何を打とうとしてしまったのだろう。続きを待っている国見くんに、顔を覗かれる。ふいっと顔をそらすとため息を吐かれた。そのまま荷物を持って出ていこうとする体を思わず引き留める。「なに?」と、それでも優しい声が返ってくるものだから、不思議だ。

(ずっと勘違いしてるみたいだけど、私の中学の頃の好きな人は飛雄じゃないよ)

飛雄は手のかかる弟のような感覚だ。そう何度も言ってきたのに、伝わらなかった。せめて、

(私が、中学の頃好きだったのは、国見くんだよ)

これくらいは許されるだろうか。

「……は、」

息を呑む音が鮮明に鼓膜を刺激した。「なんだよそれ」と苛立ちを含んだ感情が突き刺さる。びくり、と身体が震えた。その途端、ハッとなった国見くんの纏う雰囲気が、少しだけ柔らかくなる。小さく深呼吸を繰り返した後、意を決したように問われた。「今は違うの」って。でも、それを言った途端、「こう言うやり方は狡いか」と呟くのも聞こえてくる。どう返していいか分からずに、瞳を右往左往していると、真っ直ぐな瞳が私だけを捉えて、そっと私の頬に国見くんの両手が添えられる。

「俺は、今でも尾崎のことが好きなんだけど。尾崎は違うのかよ」

不意に落とした視線を、包み込んだ手が無理矢理上にあげる。逸らしたいのに、目を逸らすことができない。好きな人に触れられている。至近距離に美しい顔がある。それだけで鼓動が早くなるのを感じた。それを自覚してしまったら、ドンドン身体が熱くなる。どうしよう、どうしようと焦った。やっぱり言うべきじゃなかった。混乱する私を他所に、私のスマホへと視線を移した国見くん。私の言葉を、待ってくれている。それが分かって、スマホを握りしめていた手をゆっくり上へと上げると、ようやく頬に触れていた手が離れていった。なんて答えよう。迷うように親指が、あちらこちらに揺れる。それでも何も言わない国見くんは、その場を動く気がないようだ。どうしよう、どうしよう。その想いだけが加速していく。その時、

「失礼しまーす。検温しますねー」

重たい空気を破るように、看護師さんが入ってきた。

「あら、お見舞いですか?すみません、ちょっと失礼しますね」

その言葉に、国見くんが1度病室を退室していった。安心したように、ほっと一息吐くと、看護師さんにクスクス笑われる。

「お邪魔しちゃった?」

慌てて首を横に振った。それなのに、「今日は顔色が良いわね。あの子のおかげかしら?」なんて言われてしまうから困ってしまう。きっと、この声は筒抜けだ。体温や、脈拍とかを測り終えた後、看護師さんはさらに少し声のトーンを上げて、「朝ごはんは食べた?」と聞いてくる。その答えは、いいえ。なのだけど、私の反応なんて無視して、

「もうー!昨日の夜も全然食べてないんだから、食べないとダメよー!しんどくても美味しくなくても栄養つけなきゃ、免疫が上がらないわよ」

なんて言葉を続けるのだ。なんてことをしてくれる!そう思ってスマホに抗議を打ち込んでいる間に、「もう入って良いわよー」なんて国見くんに言っちゃうものだから、結局それも伝えれず終い。声が出ないって、とことん不便だ。チラリ、と顔を覗かせた国見くんに「こんにちは!お友達からも言ってあげて!なんなら、お昼ちゃんと食べるか見張ってちょうだい!」なんて言う始末である。患者のプライバシーはないのだろうか。今日は、踏んだり蹴ったりだ。そんな私の想いなんて露知らずな看護師さんは、ルンルンと病室を後にしていく。きっと、ナースステーションでは国見くんの話題で持ちきりになるのだろう。数時間後のめんどくさい未来がよぎって、ため息が漏れた。

「……ご飯、食べてないの?」

無言、いや無反応は肯定と見なされた。呆れたようにため息を吐きながら、再び腰を下ろした国見くん。そして、「……で、」と言われる。なんのことか分からなくて首を傾げると、

「でも、の続き。どうせ、病気のこと気にしてるんでしょ?」

なんで分かったの、と見つめ返した。すると、「普通にわかる」と言う言葉が返ってくる。

「俺の方が、先に尾崎のこと好きになった自信あるから。好きな奴の考えてることなんて、なんとなくわかる」

両想いだったと判明した途端、急に強気な態度になるじゃんと思った。数分前の私を呪った。なんであんなこと言ってしまったんだろう。これから先、どんなことが待ち受けているか分からないのに。そこで、ふと、久しぶりに再会した日のことが頭によぎった。

(国見くん、彼女いるんじゃないの)
「いないけど。は?なんで、なんでそんなこと聞くの」
(前に会った時に、女の子から楽しかった!ってメッセージ来てたから)
「あれは、他にも友達いたし。てか、アイツの好きな奴金田一だけど」

ピタリ、と打つ手が止まる。その途端、ニヤリと怪しい笑みを浮かべられた。

「なに?期待していいわけ?」

ゆっくりと顔が近づいてきて、寸前のところで避ける。そして、俯いて再び文字を綴った。

(病気が完治したら、ちゃんと言うから)

少し納得のいってないような顔をされたけれど、それでも国見くんは、「分かった」と頷いてくれた。先の見えない未来を嘆いている人間は、今この瞬間にどれだけいるんだろうか。




20210619




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