求めるな、しかし与えよ
あまり楽しむことも出来ずに、そのままのが流れで病院に戻って来た。再びMRIや脳派を見る検査をされたりして、記憶障害が起こっているのではないか、と診断がついたのは夕方だった。検査に向かう私を、何とも経由しがたい表情で見つめていた国見くんは、何を思ったのだろうか。何度か帰っても良いよと伝えたけれど、彼は首を縦に振らなかった。私の母親が来るまでは一緒に居る。そう言って優しく頭を撫でてくれたことも、私は忘れてしまうのだろうか。そう思うと涙が出てしまいそうになるけれど、また泣いたら、結晶となって出て行ってしまうのではないか。そう思うと、とても怖かった。
「……蒼?」
(ごめんね、)
「何で謝るの。蒼は何も悪くないだろ」
(このまま、何も分からなくなっちゃうのかな)
「………」
たった16年しか生きていないけれど、それでも、覚えていたいことはたくさんある。小学生の時に、はじめて友人がサプライズで誕生日パーティーを開いてくれたこと。中学の時に、バレーの大会で活躍したこと。飛雄と仲良くなった日のこと。振りかえるだけでも、こんなにもあって。そして、なによりも。
__尾崎、平気??
国見くんを好きになった気持ちまでも。
(忘れたくないな…)
文字にするだけで、これが現実なんだと思い知らされる。辛くなって消したところで、国見君の腕が、私の背中に回ってきた。泣くのを堪えている私を、やさしく包み込んでくれる。とくんとくん、と刻む鼓動が生を感じさせてくれる。こんな病気になんてならなければ。私が、もっと早く国見君と向き合っていたら。もっと、楽しい時間を共有できたのだろうか。一緒にバレーをしたり、ロードワークをしたり。カラオケにだって行ってみたかったし、放課後デートだってしてみたい。やりたいこともいっぱいあるのに、私がいるのは、真っ白な病室だ。
「……俺が、忘れないから」
すると、心の中を見透かしたような言葉が、次々と降ってくる。
「蒼と出会った日のことも、蒼を好きになったきっかけも、今日はじめてデートしたことも、俺がちゃんと覚えてるから。お前が忘れたって泣いたら、何回でも教えてやるし、俺のこと好きな気持ちが無くなっても、また好きになって貰えるように会いに来るし。散々遠回りしたのに、これ以上離してやんないから」
とうとう零れ落ちた、青い結晶立ち。それは、とても美しく見えた。それと同時に、私は、また何かが掛け落ちていくのを感じていた。
「病気に負けないで。まだ、聞きたい言葉聞けてないんだけど」
20210830