深緑の奥に、無限の想いを見る

久しぶりに訪れた柔らかい朝。心地よい風が頬を掠めて、木漏れ日がやさしく私を包み込む。抱え込んでいたモノが1つ減った。それだけで、こんなにも心は軽やかなのか。

「あら、ご飯全部食べれたのね」

嬉しそうな看護師さんの声。ちょっと、安心したような顔をしている。未だに分からない病気と闘う少女の姿は、看護師さんたちには、どんな風に映っているんだろうか。そう思ったところで、この間のことを思い出してしまいチクリと胸が痛んだ。今日は、予定している検査がたくさんあるという。そのことを思うと憂鬱になるけれど、

「……!」

ピロンッと軽快な音を立ててスマホが鳴った。宛名を確認しただけで、頬が綻んでしまう。

__今日も、行くから







あの日を境に国見くんは、ほぼ毎日私のお見舞いに来てくれていた。部活で忙しくて大変だろうから、別に良いよって伝えたら「俺が会いたくて来てるだけなんだけど」と、かなり不機嫌になったのを覚えている。本当に無理してないのかなって心配になる。だって、国見くんは、疲れている時とそうじゃない時の区別がつきにくい人だから、国見くんが取り繕うとしたら、私には分からない。それが、ちょっと悔しかったりする。
 ふと視線を落としたところで、コンコン、と控えめにノックが鳴った。もう面会時間はとっくに過ぎている。だけど、私たちのことを"良い仲"だと思っている看護師さんが、「内緒にしててあげるから」と言ってくれたのだ。私は、申し訳ないような気恥ずかしいような気分だったから、首を横に振ったのに。国見くんが堂々と「ありがとうございます」と言ったものだから、とても困った。

「……蒼」

変わったことは、もう1つ。国見くんが、私の事を下の名前で呼ぶようになった。今まで、私の事を下の名前で呼んでいた男の子は、飛雄だけだったから、なんだかくすぐったい気持ちになる。だけど、好きな人に自分の名前を呼んでもらえるって、とても特別なことで、それだけで生きてて良かったと思えるから不思議だ。

「顔色良いじゃん」

フッと目を細めて上がった口角。柔らかな笑みを見ただけで、高鳴る心臓の音。生きてるって実感できる。徐に私の方へと近づいてきた国見くんは、ベッドサイドに置いてある椅子に腰掛けた。

「今日は調子良いの?」
(良い方だよ。だけど、ちょっと疲れた)
「疲れた?」
(検査いっぱいしたから)

どれだけの検査をこなしたら、私の病気は分かるのだろうか。大きな機械の中に入れられて、身体を隅々まで調べられたりする検査は怖かった。それだけじゃなくて、背中に針を刺して細胞?か何かを取る検査は、物凄く痛かった。これだけ頑張っているのに、原因が分からないのが辛い。

「お疲れ様」

細くて白い指先が、私の髪を掬う。それに縋り付くように、ゆっくりと手を伸ばしたら、引き寄せてくれて胸の中に閉じ込められた。微かに香る汗の香りも、国見くんがよく付けている制汗剤の香りも。どれも大好きで懐かしくて。物凄くしんどかった1日の疲れを浄化してくれる。"お疲れ様"は国見くんもなのに。私だけじゃないのに。もっと、もっと頑張らなきゃなあと思わされた。

「そう言えば、蒼の親から聞いたんだけど、今度、外出許可が出るらしいね」

コクコク、と首を縦に動かす。

「1時間だけ、俺に貸してくれない?ちゃんと、許可はとってるから」

あとは、私の気持ち次第。そんな風に笑った。そんなの、断る理由なんてあるわけないじゃないか。良いよって。連れて行ってって。そんな思いを込めて腕の力を強める。ポンポンと撫でられるリズムが、とても心地よかった。一瞬だけ視界に移った点滴。こんなに時間をかけて、少しずつたくさんの薬を入れているのに、それは、どこにいってしまったのだろうか。そんなことを思ってしまった自分が、1番許せなかった。



20210707




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