こんな苦しみすら感じる想い、尽きるわけ無い
待ちに待った外出日。私の体調は、今までで1番悪かった。あまりの苦しさに涙が出て止まらなくて、だけど、それを言ってしまったら何かを失う気がした。だから、秘密にしよう。そう思った矢先の事だった。
(……は、)
カランコロンと音を立てて、青色の石のかけらのようなものが床に落ちる。瞬きをした同時のことだった。動揺のあまり、涙が引っ込む。もしかして、これ、私の目から落ちたのだろうか。そう思うとゾッとした。こんなことってあるのだろうか。涙が結晶になるだなんて、聞いたことも無い。あまりにも非現実的な現象に震える。
「……蒼?おはよう」
約束をしていた国見くんが病室にやって来て、微笑んだ。それだけで、少し心が軽くなる。だけど、
(……約束?)
胸につっかえた小さな疑問は、きっと、誰にも拾われなかった。
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車椅子を押してくれる国見くんの方を見上げると、これでもかと柔らかい表情を浮かべてくれる。普段、あまり表情の変わらない彼のその顔は、とても新鮮だった。それと同時に、私は、どうしてこの場に居るんだろうと小さな疑問が過ぎる。そんな私の小さな変化を見逃さなかったのか、国見くんが、
「楽しくない?」
と問いかけてきた。私は慌てて首を横に振った。そんなことはない。だけど、どこか心にぽっかりと穴が空いた気分なのだ。その原因が分からないから、余計に気持ちが悪い。
「……顔色悪いね。平気?」
朝の出来事が、再び甦る。あの言いようのない恐怖は、なんだったのだろうか。
「1時間俺にちょうだいって言っておいてアレだけどさ、行きたいところある?」
(……?)
「ずっと病院に閉じこもりだっただろ。蒼が行きたいところ行こう。俺が連れて行こうと思ってた所は、今度でも良いし」
(……、)
「蒼?何か打って」
ポケットからスマホを取り出して、黙って見つめた。だけど、何を打って良いか分からなくて俯く。今置かれている状況が良く分からない。出かけることが、まるで、決まっていたかのような物言いが不思議でたまらない。
「どうしたんだよ?あんなに楽しみにしてただろ?」
(……私、楽しみにしてた?)
「……は?」
また泣いてしまいそうだ。唇を噛みしめる。泣いてはいけないと脳が警鐘を鳴らした。泣いてしまっては、また、何かを失ってしまうと。スマホを持っていない方の手に爪が食い込んだ。それを見た国見くんが、咎めるように私の手を包み込む。優しげな瞳が揺れた。
「……今、なに考えてんの」
コツン、と額と額がぶつかり合う。私よりも少しだけ体温が低いのか、そこからじんわりと伝わってくる熱が、心地よかった。丁度良い。
「ねえ、蒼」
(わからないの)
ようやく打てた想いは、頭の中を1番占めていたものだ。動揺が手先にも現れている。それを隠す前に掬われた。上手く文字に打てない私の代わりに、誘導するように問いが振ってくる。
「何が?」
(……どうして、外にいるの)
「この間外出許可が出た話したでしょ。それで、今日出かけようって言ったけど」
(……この間、)
「ちょうど1週間前。蒼の親には許可取ってる」
(そう、なんだ…)
「もしかして、蒼……」
__覚えてない?
その疑問が深く胸に突き刺さった。
20210828