じめりけのあるけだもの

白鳥沢高校を卒業して、はや3年。東京都にある音楽大学のピアノ科に進学した私は、忙しい日々を送っていた。大学生活を3年目に迎えると、今後について頭を悩ますことも多くなる。それに加えて、別の悩みもある。

「……また、か」

ポストを開くと差出人も宛名も何もかかれてない茶色い封筒が入っていた。これで2回目である。部屋に戻って、中を開けると入っているのは隠し撮りされた私の写真たちだ。今のところ隠し撮り写真が入っているだけで、何かあったわけではないけれど、それでも恐怖心はかき立てられる。自然とスマホに手を伸ばして、通話を発信するけれど、お目当ての人物は出てくれない。医学部へと進学した恋人である賢二郎は、試験が近いらしく忙しいと言っていたので、そのせいだろうか。仕方なしに従兄に電話をかけてみるけれど、こちらも繋がらず、ため息を吐いた。

(………どうしたら、いいのかな)

警察に相談するべきか、なるべく1人にならないようにするつもりだけど、かといって友達に迷惑をかけたくもない。重い足取りで玄関へと向かい靴を履いて鍵を手に取る。その途端、自分の家の物ではない鍵が足下に落ちた。それを視界に入れて、手に取る。

「行ってみようかな」

賢二郎の家の合鍵を握りしめて玄関を出た。






大学を終えて賢二郎の家を訪れる。一応、今日家に行くと連絡は入れておいた。既読はついているものの返事はない。けれど、駄目だと言われていないので良いのだろう。合鍵を渡されるときも、いつでも来て良いと言ってくれていたし。靴を脱いで、そろりと部屋へ侵入する。賢二郎はまだ帰ってきていなかった。

久しぶりに訪れた賢二郎の家は相変わらず殺風景だった。必要最低限しか置かれてないこの家は、とても広く感じるのと同時に、寂しさを助長させる。ぼうっと待っているのも暇なので、夕飯でも作ろうかと冷蔵庫を開くと、大した物はあまり入っていなかった。自炊をあまりしないということが一目瞭然である。

仕方なしに、賢二郎の家の近くのスーパーを訪れて、適当に食材を買った。調味料も以前私が揃えた時とあまり変わっていなかった。それはそれで良いのだけど、少し心配になる。どんな食生活を送っているんだろうか。そうこうして、再び賢二郎の家に戻っても、賢二郎はまだ返ってなかった。買ってきた食材を冷凍庫へと入れていると、スマホが振動する。

「……もしもし?」
『ワリ、連絡遅くなった。菫、もう家来てんの?』
「うん…」
『俺、今日帰るの遅くなるんだけど』
「そっか…分かった…」

これはつまり、帰れということだろうな。思わずため息が漏れそうになって、ぐっと堪える。

「……ご飯、作っても良い?」
『は?』
「ごめん、冷蔵庫勝手に開けた。何も入って無くて心配になった。嫌じゃなかったら、適当に作り置きしても良い?」
『いいけど、俺晩飯はいらね……あ、待て。なら、泊まって行くか?』
「……いいの?」
『駄目だったら言わない』
「ありがとう」

その言葉を聞いた途端に、プチンと通話を切られた。晩飯はいらないと言いかけていたので、今日はもしかしたら、誰かとご飯を食べに行く約束をしていたのだろうか。そう考えたところで、止めた。余計な詮索をされることを賢二郎は嫌がる。そう思って適当にご飯を作ることにした。夕飯の残りを明日のお昼ご飯にしてあげたら、賢二郎は喜んでくれるだろうか。そんなことを思いながら料理をしていると、再びスマホが震える。今度は従兄からだった。

『もしもし、悪ィ電話気づかなかった』
「ううん、大丈夫だよ」
『おー、それで何かあったか?』
「……んー、あったんだけど、いいや。賢二郎に聞いてもらうから」

話を聞いてもらったところで、余計な心配をかけるだけだ。そう思うと、朝電話したのが申し訳なくなる。

『無理すんなよ』
「ありがとう。一くんもね」
『おー、またな』

相変わらず優しいなと笑みが溢れた。





賢二郎が帰ってきたのは23時過ぎだった。

「おかえりなさい」
「あー……そういやお前来てたのか」

賢二郎の元へ行き出迎えると、賢二郎は倒れ込むように私を抱きしめてそう言った。賢二郎が泊まっていけばって言ったんだけどなとため息が漏れるのと同時に、仄かに香るお酒の匂いに、思わず眉を顰めそうになる。

「お風呂沸いてるけど…」
「いやいい。明日の朝入る。それより眠い」
「ちょ、けんじろ…」

乱雑に上着を脱ぎ捨てて、私の腕を引いた。そして、そのままベッドへと押し倒される形になる。これは話なんて出来ないなとため息を吐いた。

「っん」
「菫…」
「ちょ、賢二郎」

やや強引に唇を奪われて、両手を拘束されてしまえば、もう逃げられない。求めてくれるのは愛されてるからと思えば嬉しいけれど、今は私はそんな気分ではなかった。酔っ払いの賢二郎には、その言葉は届かない。結局、流されるまま繋がって、そのまま寝落ちした賢二郎の寝顔を見つめながら、何故だか涙がこぼれ落ちていった。






20201223



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