幸福が目に見えていた

突然現れた賢二郎を見て、ポンちゃんが誰?と私に問う。

「け、賢二郎…落ち着いて?」
「俺は落ち着いている」
「どこが!?」

名前を呼んで、私の隣の腰掛けるように言うと、先程まで座っていた席に荷物を取りに戻っていった。ポンちゃんは、これが噂のけんじろう君か、と言うような顔をしている。

「めっちゃイケメンだね…」
「う、うん…惚れないでね…?」
「菫の大事な人を盗ったりしないよー」

ポンちゃんは、とても可愛いので、嫉妬しないと言えば嘘になる。それが2人にバレないように平然を装っていると、荷物を纏めた賢二郎が、私の横に戻ってきた。

「……で?今のマジ?」
「ひっ…は、はい…」
「ちょっと、賢二郎。私の友達を怖がらせないでよ」
「は?怖がらせてねえよ」

賢二郎は機嫌が悪いと眼光が鋭くなるので、初対面でそれを浴びたら怖いだろう。でも、それを言ったところで賢二郎には分かって貰えないので、更に機嫌が悪くならないために黙っておく。昔から無愛想なところは損だなと思う。折角見た目が良いのに。

「お前、何か失礼なこと考えてね?」
「…気のせいです」

そう言うと賢二郎は、私が先程まで飲んでいたカフェオレを奪い口に含んだ。

「写真以外は、アンタの仕業?」
「…そう、です」
「スマホへのメッセージも?」
「はい…」

冷ややかな問いに、たどたどしく答えるポンちゃんが気の毒でならない。それだけ聞くと、賢二郎は黙り込んで何かを思案していた。

「なら様子見だな」

そう言うと、賢二郎はスマホを取り出して何かを打ち始める。多分、川西君や瀬見さんにメッセージを送っているのだと思うけど、見せてくれそうな雰囲気ではなかった。

「…で、嫌がらせをしてた奴を信用なんてしたくねえんだけど」
「ちょっと賢二郎!?」
「黙れ。大学に居るときは、コイツのこと気にかけて貰えると助かる」
「も、勿論です…」

それだけ言うと話は以上だと、賢二郎は口を噤んだ。重苦しい雰囲気の中、私とポンちゃんはケーキと飲み物を流し込むように胃の中に入れて、食べ終わったのを確認すると賢二郎が立ち上がる。今回の目的は済んでいるので、早く帰りたいのだろう。明日も明後日も賢二郎は試験だ。私はポンちゃんにまた連絡するねと告げて、賢二郎の背中を追いかけた。







それからの生活では、特に変わったことは起きなかった。賢二郎が計画を立てて、ボディガードのように誰かしらが私に付き添ってくれる。賢二郎の実家から電子ピアノが届いて、イヤホンを繋いでピアノの練習だって出来るようになった。いつの間にか、私の両親に私がストーカーに遭っている話をしたようで、同棲の許可まで取ってくれていたし、その行動力には呆気にとられた。

「おかえり、賢二郎」
「……ただいま。今日なに?」
「明日ちょっと遅くなりそうだからカレーにした」

申し訳ない気持ちでそう告げると、全く気にしてない様子で上着をハンガーに掛けた後、食卓に腰掛ける賢二郎。私は再度カレーを温めながら、そんな賢二郎を見つめた。

「何だよ」
「いや、手抜きだって思わないのかなって」
「は?」

あ、機嫌悪くなった。眉間に皺を寄せて、俺がそんなこと思うわけねえだろという顔をしている。

「大学の同期に太ったって言われた」
「え、そうなの?」

毎日賢二郎の姿を見るようになったから、全く気づかなかった。というか、賢二郎は元々華奢な方だ。元運動部ということもあり、程よく筋肉はついているけど、それでも川西くんや瀬見さんの方がガタイが良いと思う。

「お前、また失礼なこと考えてるだろ」
「…考えてないよ」
「嘘つけ、顔に書いてるんだよ」
「それこそ嘘じゃん!」

何で分かるんだろうと思いながらカレーをお皿に装う。読心術の才能でもあるんだろうか。

「……菫のおかげで、健康的になったと思うけど」

不意にそんな言葉を告げられて、再び視線を賢二郎に戻すと耳まで真っ赤になっていた。唐突に褒めるのは止めてほしい。つまり、私のご飯が美味しいと言うことであってるだろうか。

「で、明日遅えんだっけ」

カレーをテーブルまで運ぶと、賢二郎が私の分のお茶も出してくれていることに気がついて、お礼を言った。いただきます、と両手を合わせながら、その言葉に返答する。

「うん。コンクール前だから」
「ああ、来週の金曜だったか?」
「そうー。あ、招待状何枚か余ってるけど、いる?」
「……じゃあ、3枚貰う」
「めっずらしいね?」

普段は、クラシックが好きな友人はいないとか言って1人で来るのに。

「太一と瀬見さんに来週の金曜、飯行かないか誘われてる」
「えっ、それならそっち行くんじゃないの?」
「……その前にお前のピアノ聴いたら悪いかよ」

川西くんと瀬見さんには、日頃のお礼をいつかしなければと思っていたので、悪くはないのだけど、果たしてその2人はクラシック好きなのだろうか。その印象は全くないのだけど。

「俺が黙らせるから問題ない」
「それだとお礼にならないよ」

問題大ありだと思うのだが。川西くんはともかく、瀬見さんは先輩なのに。扱いが後輩の五色君並みな気がしてならない。

「そんなことより、今日も大丈夫だったか」
「うん。食材いっぱい買って、瀬見さんが助けてくれたよ」
「写真の奴、このまま諦めると良いけどな。油断すんなよ」
「わかってるって」

大学ではポンちゃんが、べったり張り付いてくれているし、賢二郎が両親に話したおかげで、教授たちも気にかけてくれている。至れり尽くせりとはこのことだ。

「あ、ねえ。相談があるんだけど…」
「なんだよ」

ストーカーもだけど、自分の将来について、見つめていかないといけないと思ってるんだ。


20210121




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