帯びた熱すら救済だった

荷物を持つと言ったのに、何1つ持たせて貰えず、賢二郎が呼んだタクシーに乗って、3日ぶりに賢二郎の家を訪れた。相変わらずの殺風景だけど、この間来たときよりも若干部屋が散らかっている。

「寝ろ」

キョロキョロと部屋を見渡す私の腕を引いた賢二郎は、そのまま乱雑に私をベッドへと押し込んだ。抗議の声を上げれば、睨まれてしまう。先程から、ずっと、こんな調子である。

「何でそんなに怒ってるの?」
「怒ってねえよ。病人は黙って横になってろ」
「……えー。じゃあ、此処に居てくれる?」
「ん、」

震える手を伸ばせば、すんなりと握ってくれる。その様子を見て、私に怒っている訳ではないということは安易に察せられた。ならば目の前の彼は、一体何に対してそんなに苛立ってるんだろう。でも、それを聞いたところで、すんなり教えてくれる雰囲気ではないので、此処は話題を変えることにする。

「賢二郎、今日は何もないの?」
「……強いて言えば、明後日から試験」
「え、」
「うるせえ謝んな」
「まだ謝ってないけど」

試験が近いと言っていたけれど、明後日からだったのか。飲みに行っていたから、てっきり終わったものだと思っていたのに。握りしめていた手を離せば、不満そうな顔をされる。

「勉強するんでしょ?」
「まだしねえよ」

今のはそう言う流れではなかったのか。どうしよう。今日は一段と賢二郎の考えていることが分からない。

「…悪かった。本当に」

かと思えば、唐突に降ってくる謝罪。恐らく3日前のことを言ってくれているのだろうけど、私からすれば、そんなこともう良かった。昨日までは怒っていたけれど、わざわざ家にまで来てくれて、一晩中看病してくれたので、それでチャラにしてあげないこともない。

「別にもう良いよ」
「よくねえよ」
「ええ…」

私を押し倒して、そのまま賢二郎もベッドの中に潜り込んでくる。

「ちょ!」
「何もしねえから心配すんな」

そう言って私を抱きしめる賢二郎。何を考えているのか、さっぱり分からず、私の心は置いてけぼりだ。

「次になんかあったら、すぐ言えよ。電話でもラインでも」
「あ、すぐに言わなかったから苛ついてるの?」
「はあ!?違えよ。お前には怒ってないっつってんだろ」
「あれ?やっぱり怒ってるんじゃん。何に?」
「そ、れは…」

グッと黙り込んだ賢二郎は、誤魔化すように、私の額に口づけを落とす。ああ、これは教えてくれる気が無いな。そう察して苦笑が漏れた。仕方なしに、賢二郎の背中に腕を回して、胸元に顔を埋める。

「来てくれて嬉しかったよ、ありがとう」
「……ん」







肌寒さを感じて目を開けると、隣に居たはずの賢二郎はいなかった。ゆっくりと上半身を起すと、「起きたのか」と声が聞こえてくる。声の方へ視線を移すと、勉強机に向かい腰掛けている賢二郎が、私の方を振り向いていた。机にはノートやら参考書やらが散らばっているので、勉強していたのだろう。ベッド脇にある時計に目を移すと時刻は11時を過ぎていた。

「よくもまあ、そうスヤスヤと眠れるもんだな」
「ここのところ、あんまり休めてなかったから…というか寝ろって言ったの賢二郎だし、2時間も寝てないし」

降ってきた嫌味にそう返すと、罰が悪そうな顔をされる。体調不良と最近の出来事のせいで、深く眠れてなかったのは事実だ。それにしても、昨日と今日の午前とで、寝過ぎな気がしなくもない。

「……ご飯食べた?」
「朝は軽く食ったけど…何?食欲出てきたのか?」
「そうだね。んー、何か作ろうか?賢二郎はお腹空いてる?」

そう投げかけると、賢二郎は口を噤んだ。てっきり快く任して貰えると思っていたのに何でだろう。んー、と伸びをしながら首を傾げる。

「…無理、してねえよな?」
「え?うん…なんで?」
「お前、昨日ぶっ倒れてたんだぞ。分かってんのか?」
「賢二郎のおかげで調子良いよ?」
「誰が上手いこと言えと…」

どうやら大層心配をかけていたらしい。忘れていたが、私は昨日、屍のように倒れているところを賢二郎に発見されたのだった。もし、自分が逆の立場だったらと思うとトラウマ物かもしれない。

「大丈夫だから、ご飯作っても良い?」
「……俺もやる」
「え?いいよ、勉強してなよ」
「いいから。丁度休憩しようと思ってたところだし」

賢二郎はそう言うと、開いていた参考書やノートを閉じた。キッチンへ向かう後ろ姿を追いかけて、冷蔵庫を開く。3日前に私が買ってきた野菜や卵が、まだ残っていた。…というか量が全く変わっていない。

「賢二郎って自炊しないの?」
「面倒くさい」
「ああ…」

料理をする暇があれば、勉強したいタイプなのか。高校の時は、バレー部に在籍し、手先に気を遣うセッターというポジションだったので、料理なんて全くしたことないのだろう。

「お前、手に気を遣ってる割に料理好きだよな」
「んー…中学の頃から偶に料理してたから、料理したところで怪我なんて滅多にしないよ」
「お前んとこの親、あんまり家にいなかったもんな」
「共働きだったからねー」

今思えば、私を音大に行かすために頑張ってくれていたのだろう。両親のおかげで、こっちに出てきてからも、バイトせずに仕送りだけでやっていけているし、大好きなピアノを伸び伸びとさせて貰っているから有り難い限りだ。

「なんか良いよな」
「……何が?」
「別に。それよかお前、しばらく1人行動すんなよ」

冷蔵庫からキャベツを取り出した。それをみじん切りしながら、賢二郎の言葉に耳を傾ける。

「大学には、俺が送り迎えするから」
「え?でも、家出る時間違うときあるよね?んー…1人がダメなら友達と行くから大丈夫だよ。あっ、賢二郎の家知られるのやだ?」
「違えよ馬鹿か。友達って女だろ?危ねえから却下」
「まあ、友達を巻き込みたくはないけど…でも、賢二郎には賢二郎の生活だってあるし…大丈夫だよ。人通りの多い道を選んで行くよ」

次に卵を取り出して、その中に牛乳を入れて混ぜる。頃合いを見て油をしいたフライパンの中へ入れた。ジュウジュウと焦げる匂いが、香ばしい。あっという間にスクランブルエッグの出来上がりだ。私は病み上がりだから、もう少し軽い物を作るけど、これを食べる賢二郎が少し羨ましいと心の中で自画自賛しておく。

「お前な…ストーカーに遭ってる自覚ねえの?」
「そんなわけないじゃん。でも、賢二郎に負担ばかりかけるのは、嫌だよ」
「かけろよ馬鹿か。何かあったらどうすんだ」

ベチン、と額を叩かれる。先程から、まったく料理を手伝わない彼は、はじめから料理するつもりなかったようだ。

「んー……」
「そこまで渋るなら、外に出さねえけど」
「えー…何かそれ監禁みたい。それは、やりすぎじゃない?」
「そんなわけねえだろ。お前、危機感が欠如しすぎ」
「!」

にらみ合う視線が混じり合う。目の前の賢二郎は、めちゃくちゃ不機嫌な顔をしていらっしゃる。

「何かあってからじゃ遅えんだよ」

吐き捨てるように紡がれた言葉に、料理をしていた手が止まった。その途端、賢二郎の両腕が、私の腰に回ってくる。

「なあ、菫…」
「分かってるけど、でも、」
「なら、俺の友達にも協力して貰うから。菫が知ってる奴。それなら良いか?」

賢二郎の友達と言えば、思い浮かぶのは川西くんくらいなのだけど。彼も都内の大学に進学しているし、たまに会ったりしているようだ。

「分かった…なんだか大事になってきている気がする…」
「はじめから大事だろ馬鹿か」
「うう…ごめんなさい…」
「大学でも、あんま1人になんなよ。なんかあったら、すぐ電話しろ。分かったか?」

もうこれは、仰せのままにとなるしかないだろう。一瞬、一くんのことが頭をよぎったけれど、彼は今、就活で忙しいだろう。そうなれば、もう賢二郎に頼るしかないのだ。

「後は、早いとこ犯人特定しないとな」

2人してため息を吐いたタイミングは同じだった。




20201231









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