今宵も正義がころされる

仕事の早い彼氏を持ったモノだと思う。連絡を取ってから3日しか経っていないというのに、手元には既にあの時貰ったネックレスと全く同じものが入っていた。ご丁寧にも手紙付きで。賢二郎はこういったことは苦手なはずだったから、とても意外だった。ゆっくりと丁寧に封筒から紙を取り出して、紡がれた字に目を落とす。それはたったの二言の短文。

「賢二郎の字だ…」

"菫へ。無理すんなよ。信じてるからな"

筆跡を、指先でそっと撫でた。無性に会いたくなって、胸が熱くなる。簡単に会える距離じゃないし、向こうは夜中だ。せめて声が聞きたいという思いを押し殺して、スマホを鞄の中に入れた。今日は、大事な日だ。今日こそは、大丈夫。首元に下げたネックレスを握りしめる。体温で少し温かくなったそれが、背中を押してくれた気がした。

__お前に足りねえのは、もう自信だけなんだよ。早くつけろ馬鹿

「うん…。頑張るよ」







コンサート会場に並ぶ様々な人々。この中に同じ日本人は一握りだろう。だけど、関係ない。音楽は言語を超えて人を繋げる力があると、私は知っている。高校時代、私の音楽には感情がないと言われた。今となっては、メンタルが弱い私を鼓舞してくれていたのではないか、と冷静に考えるようになった。はじめてぶち当たった大きすぎる壁。それを、共に乗り越えようとしてくれたのは、賢二郎だ。

__俺さ、この曲が菫が弾く曲の中で1番好き

鍵盤に手を触れる。演奏する曲の中には、賢二郎が1番好きだと言ってくれた曲があった。運命だと思った。奏でる音、首元に光る宝石、降ってくる言葉、甦る君との思い出。全てが私に味方してくれていると思った。

__白布賢二郎です。部活はバレー部に入る予定です。

力強い眼差し。強豪のバレー部に、推薦でも無いのにスタメンを目指して入部した彼。馬鹿にする生徒も多かったけど、私は純粋に凄いなと思ったのを覚えている。第1印象は、恐ろしいくらい真面目な人。

毎朝の日課だったピアノの練習が辛い日。ふと何を思ったのか窓を見たことがある。見下ろした先に居たのは、膝をついていた同じクラスの彼。苦しげに呼吸する彼に駆けつけようとした途端、彼は再び足を進めていた。あんなに苦しそうなのに。もしかしたら、吐いていたのかもしれないのに。それでも、歩みを進めた彼を見て、負けられないと思った。闘う場所は違うけれど、なぜか。自分も頑張らなきゃと思ったのだ。あの時から、ずっと、賢二郎は私の憧れ。

__手、大事にしろよ

触れ合う度に、いつも気を遣ってくれた。私が大事にしているモノを、大事にしてくれる賢二郎が好きだ。

__好きだ、菫
__成長して帰ってくるのを楽しみにしてんぞ

早く会いたいよ。私にたくさんの幸せをくれた賢二郎のもとに。少しでも成長した状態で戻りたい。

「……っ…」

鍵盤に触れる指先が、いつも以上に軽く感じた。流れていく音達が、私の耳を優しく撫でていく。今、この場に広がる世界。放たれる旋律。観客の息づかい。私の想い。全てを、注ぐ。やわらかく、なめらかに。そっと、やさしく労るように。触れる度に鳴らす音を1つ1つ大切に。その1つが繋がって、素晴らしい物になっていく。それを創っていく。まるで、わたしたちのようにだ。

__菫、

演奏を終えて、一息を吐く。私を包み込んだのは歓声の嵐。

「賢二郎…」

瞳を閉じて思い描くのは、いつだって君の姿だ。ありがとう。私、ちゃんとできたよ。







お客さんを見送って、更衣室で私服に着替えた後、首元のネックレスに触れた。もう失くしたりしないように、コンサートを終えたら財布に仕舞うようにしている。大事に握りしめて、"今日もありがとう"という想いを込めた後、財布の中に入れた。鞄を背負って扉を開けたところで人気があることに気づく。

「あれ?」
「最上さん、お疲れ様」
「あ、うん…お疲れ様…」

それは同じ大学で、私と同じく留学に来ていた男子学生だ。彼は何の楽器で、こっちに来たんだっけ?

「ネックレス、同じの2つ持ってたの?」
「……え、」

さあっ、と血の気が引いていく。スッと伸びてきた指を反射的に振り払った。にたり、と悪い笑みを浮かべた彼が握りしめていた反対側の手を差し出してきて、開く。

「お揃いだね?」

その手に握られていたのは、失くしてしまったもう1つのネックレスだった。




20210515





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