忠義の牢

あれよあれよという間に月日は過ぎ、夏休みを迎えた。楓は、自宅の鍵を自分で管理出来るようになっているので、ご飯さえ用意しておけば、後は自分でなんとか出来る。数年前までは、親戚の家に預けたりもしていたのだけれど、それがすごく申し訳なかった。そんな思いを抱えていたとき、楓が「1人で留守番できるよ」と言い出したのだ。

「じゃあ、お姉ちゃんお仕事行ってくるね。帰りはおじちゃんの所に寄ってから帰るから、今日は遅くなるよ」
「うん、分かった!ご飯は冷蔵庫?」
「そうだよ。準備してあるから、レンジでチンして食べてね」
「はーい!」
「何かあったら「青葉南病院に電話する!志木桜の妹ですが、緊急で伝えたいことがあるのでお姉ちゃんに電話を繋げてください!」……よし。大丈夫だね」

本当に、私には勿体ないくらいの出来た妹だ。鞄を手に取り、玄関まで足早に向かう。靴を履いたタイミングで、スマホがピロンとなった。画面を一瞥した後、未読にしておく。差し出し人は菅原で、その返信は色んな意味を含めて後回しだと思った。

[おはよう]
[近々、2人でご飯行かないか?]







仕事を終らせた後、足早に親戚の叔父の家を訪れた。

「久しぶりだね、桜」
「ご無沙汰してます」

この叔父は、母親の弟で、私たち姉妹が1番お世話になっている人だ。夏のボーナスを入れている茶色い封筒を手渡した。

「桜。何度も言ってるけど、お金のことは気にしないで良いんだよ」
「そういうわけにもいきません。少しずつですが、返させてください。それに、今年は息子さん受験生でしょ?」

従弟は、今中学3年生だったはずだ。無理矢理それを押しつけて、リビングのソファーに腰掛けた。今回訪れたのは、少し前にスマホに送られたメッセージのことについてだった。

「楓が待っているので単刀直入に聞きますけど、義父が、私たちを探しているんですよね?」

今更になって母親が亡くなったことを知った義父は、昔、私たちが暮らしていたマンションまで訪れたらしい。引っ越したことを知った後、母親の親戚に連絡をしまくり、私たち姉妹のことを聞き回っているそうだ。

[お義兄さんが、君たちの所在を探している。教えても良いかい?]

そんな連絡が来た日は、手元が怒りで震えた。

「絶対、教えないでくださいね」
「分かってるよ」

楓は、父親の記憶は全くない。あの子が物心つく前に出て行ったからだ。今までも、1度も父親のことについて聞いてきたことはない。

「桜。もし、お義兄さんが楓を引き取りたいと言い出したら、君はどうする?」
「お断りします。あんな人に楓を任せられない」
「君とお義兄さんは、血のつながりがなかったから上手くいかなかった。けれど、楓とお義兄さんは正真正銘の親子だ」
「……叔父さんは、楓があの人のところへ行く方が幸せだと言いたいんですか?」

叔父は私の顔色を窺うように、まっすぐと此方を見つめた。義父が出て行ったのは、私のせいだ。私が懐かなかったからだと、みんなそう思っている。この件に関しては、私の味方はいないのだ。

「桜のことが心配なんだよ」
「私?」
「姉さんが亡くなってから、まずは楓のために頑張っているだろう。親戚に借りているお金だって、気にしなくて良いと言っているのに返すと言うし。少しは自分本位に動いたって良いんだよ」
「動いてますよ。私は楓が幸せになることが1番です」
「そうは言ったって、高校の卒業式も出ず成人式だって行かなかっただろう」
「それは、」

卒業式も成人式も、出ようと思えば出れた。出ない選択をしたのは、自分本位のもので楓のせいではない。私が、同級生達に会いたくなかったから出なかったのだ。

「まずは、楓にも話してみなさい。あの子は、桜が思っている以上に聡いよ」

ガツン、と頭を殴られたような感覚がした。







叔父の家を後にして、自宅に戻ると楓はお風呂に入っているようだった。自室に入り、鞄を置いた後、ベッドへとダイブする。このまま此処に埋もれていまいたいと思った。徐にスマホをタップして、未読にしておいたままのメッセージを開く。そして、気づいたときには電話をかけていた。

(……声が、聞きたいなんて)

__でも、無理に関係を戻したいとは思ってないからな。ただ、桜が苦しいときには、いつでも助けになるよ。

『もしもし、桜?』
「……うん、今大丈夫?」

きっと、どんなに慌ただしくしていたとしても大丈夫だと言ってくれるのだろう。

『おー、大丈夫だべ』

その言葉は、幾度ともなく私を救ってきたものだ。菅原に大丈夫だと言われると安心する。その音を噛みしめた後、平然と言葉を紡いだ。

「メッセージ、見た。でも、2人でご飯は良くないと思う」
『俺のこと気にしてる?』
「まあ。それより、なんで急にそんなこと言い出したの?なにかあった?」

偶に家に遊びに来ているくせに、という言葉は呑み込んだ。

『それは、桜の方だと思うけど?』
「!な、なんで」
『おっ、図星?また、何か溜め込んでるんだろー?』
「そんなことない。なんでもない…」
『なんでもなくないだろ?ほら、思ってること言ってみ?』

昔も、そんなことを言われた記憶がある。2年生に上がり、バレー部に後輩が入ってきた。けれど、後輩達は烏養監督の厳しさに着いていけず半分が来なくなってしまった。私は、彼らの異変に気づいていたのに止められなくて自己嫌悪に陥った。そんな時も、菅原が気づいてくれて、手を差し伸べてくれたのだ。

「わたし、は…」
「おねえちゃーん?帰ってるのー?」
「!ごめん、楓が呼んでるから!」
『ちょっ、』

プチン、と通話を切る。自分から電話をかけてくせに、酷い奴だと思う。そんな自己嫌悪を秘めて楓の元へ向かった。背中を後押しするように、ピロンピロンとスマホが鳴る。何も相談できなかったのに、気づけば少しだけ心が軽くなっているような気がした。



[またいつでもかけてこいよー]20:12
[菅原孝支がスタンプを送信しました]20:12



20210205




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