初恋の君

俺と桜の出会いは高校1年の時だと、桜は思っている。だけど、俺は桜と出会う前から桜のことを知っていた。自分が在籍している中学の試合が終わった後、不意に女子の試合に目を向けた。その時、一際目立っていたのが桜だった。

「ナイスレシーブ!!」

キレイな弧を描いて、セッターの頭上へと返っていくボール。そんな彼女に向けられた賞賛の言葉。それを受け入れて笑顔を浮かべる姿。かっこいいと思うのと同時に、美しいと思った。

「桜!」
「はい!」

今思えば、一目惚れだったんだと思う。自分が一目惚れをするようなタイプだとは思わなかった。仲の良い異性の友人を深く知れば知るほど、「この子良いな…」なんて思うこともあった。でも、それは恋情の類いではなかった。あの日見た彼女の姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。そんな時、高校の入学式で再会した。

「はじめまして、4組の菅原です」
「あ…5組の志木です」

久しぶりに見た桜の姿は、コートにいるときとは別人で、氷のような冷たさを纏っていた。そして、道宮が桜をバレー部に勧誘している姿を見たときに、バレーが出来なくなった事を知り、助けたいと思った。

「よ!志木」
「あ、菅原か。おはよ」
「なあ、志木ってバレー経験者だろ?急で悪いんだけどさ、」
「うん?」
「良かったら、男子バレー部のマネージャーやらない?」

この勧誘をきっかけに、彼女は笑顔が増えた。本来は、飾らない性格なのだろう。気さくで、人の思いを汲むことに長けた彼女の存在は、バレー部でなくてはならない存在になっていった。でも、時折、悲しげな眼差しで何かを見つめていた。

「俺さ、誰にでも分け隔てなく優しくて、曲がったことが嫌いな志木の事が好きだ」
「ごめん菅原…。私、そういうのよく分からない。菅原のことは好きだけど、それが菅原と同じなのか、分からない…」

高1の冬。想いきって告げた。初恋は叶わないとよく言うけれど、そんなことよりも、彼女の支えになりたいと思った。

「焦んなくて良いべ。急にこんなこと言ってごめんな。ただ俺はさ、志木の味方だから」

ある日、部室の前で膝を抱えて座りこんでいる彼女を見つけた。いつだってそうやって、悩みをため込んで、心の内を明かさない。彼女はきっと、人に甘えると言うことが苦手なのだと思った。何でも1人でやってしまうから、上手に甘えられないのだと。甘え方を知らないのだ。

「どーした、志木?」
「なんでもない…」
「なんでもなくないだろ?ほら、思ってること言ってみ?」
「……1年生たち辞めたらどうしよう。私が、もう少し声をかければ良かった。大変そうなのは知ってたし、元プレイヤーだったから気持ちも分かる。だけど、上手に伝えられる自信がなくて逃げちゃって…私のせいで…」
「あー、なるほどな。とりあえず、縁下たちのことは志木のせいじゃないべ?そうやって卑屈になるのは、志木の悪い所だべ。志木が思っている以上に、周りは志木のことを信頼してる」

その日、はじめて彼女の泣き顔を見た。

「そんな…優しいこと、言わないで。優しくされると甘えちゃう」
「俺は甘えて欲しいんだけどな?」
「菅原…なんで、そんな、」
「好きだから。……ずっと、そう。志木のことが好き」
「…わ、たしも、そうなのかな」

はじめて抱き寄せた身体は震えていた。腰は、今にも折れてしまうのではないかというくらいに細くて。ああ、女の子だなと思った。何かを抱え込んでる彼女を、絶対守ると、その日心の中で誓ったはずなのに。

「桜!!なんで、そうやって決めつけるんだよ!」
「孝支に私の気持ちなんて、分からないよ!!」
「そりゃ、全部は無理だべ!だから、頼ってって言ってるだけだろ?」

心の内に触れようとする度、泣かれてしまう。何に怯えているのか、何に苦しんでいるのか。それが何1つ分からなくて歯がゆい。その苛立ちを、なんとか抑え込んで向き合おうとしているのに、俺の横を通り過ぎていく。

「俺…桜が何考えてるか分からない。なあ、そんなに頼りない?」
「……関係ないじゃん」
「関係ないわけないだろ。彼女が、そんなになって心配しないわけないだろ?」
「みっともない彼女でごめんね」
「そんなこと言ってないだろ…」

少し距離を置いた方が良いのかと思った矢先、桜だけが、IH後に引退した。

「ばいばい、"菅原"」

卒業間近の自由登校の期間に、桜の母親が先が短いという噂が立った。何もかも、彼女の口から聞かず、人づてに彼女の苦しみが伝わってくる。そのどれもが、俺では役に立たなかったという証明のように思えた。







懐かしの悪夢のせいで、隈を作って登校すると、先輩教員たちが心配そうな視線を向けてくる。それに気がつかないフリをして、今日も生徒達の元へと足を運んだ。出欠の確認をしながら、生徒達の様子を確認する。

「志木楓さん」
「……はい」

いつもなら、元気に返事を返してくれる女子生徒が、悲しそうな声を発した。楓さんと仲の良い生徒達も、心配そうな顔でチラチラと視線を向けている。

(……ったく、姉妹揃って似た者同士だな)

楓さんは、低学年のころは不登校だったと聞いている。母親の死を受け入れられなかったことが原因ではないかと囁かれていた。でも、3年生では皆勤賞。今年、引き継ぎで前の担任に楓さんのことを聞いたときも、きっともう大丈夫だろうと言われていた筈だ。話を聞いてみないとな、と拳を握りしめた。







給食を食べ終え、迎えた昼休み。教室で1人ぽつんと読書をしている楓さんを見つけた。

「楓さん、どした?今日、ずっと元気がなかったな?」
「菅原先生…」

眉間に皺を寄せた顔は、何かを悩んでいるときの桜の顔にそっくりだ。

「お姉ちゃんが、最近元気がないんです…」
「あいつは、また無理してんのか…」

桜の悪い所の1つだ。悩みを溜め込んで周りを不安にさせてしまう。気にかけて大丈夫か?と声をかければ、大丈夫だと突っ返す。意地っ張りも大概にして欲しいと何度も思ったが、それがただの意地っ張りではないことに気がついている人間は少ないだろう。

「お姉ちゃんは、いつも優しくてニコニコしてるんです。お母さんが死んじゃってから、寂しいって泣いてた私に、大丈夫だよ。お姉ちゃんが楓のことを守るからね。って言ってくれたんです」
「……うん」
「だから、私が辛いときは、いつもお姉ちゃんが私のことを守ってくれました。だけど、最近のお姉ちゃんを見てると、思っちゃうんです…」

とうとう涙がこぼれ落ちた。ポケットからハンカチを取り出すと、持ってますっと突っ返されてしまう。こんな所もそっくりだな、と苦笑した。

「お姉ちゃんが辛いときは、誰がお姉ちゃんを守ってくれるんだろうって、思っちゃうんですっ」

その言葉は、俺の胸に突き刺さった。




((私/俺が守りたいのに…))



20210203

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