__あれが、北斗七星だよ 

そう言って微笑んだ君には、巡り会えないのだろう。


音楽室の扉を閉めて、顧問の先生に部誌と鍵を提出する。コンクールが近い我が吹奏楽部は、かなり夜遅くまで練習に励んでいた。適当に近況報告を済ませ、靴箱まで急ぐと其処には先客がいた。

「……北くん、何してるの?」

我が校は、部活が盛んだけれど、その中でも、私の所属する吹奏楽部と目の前の同級生が主将を務める男子バレーボール部は強豪として有名だ。

「さっき校門で聞いてん。灰野さんが、まだおるって」
「……そっか」

普段なら、みっちゃんと一緒に帰っているのだけど、本日は彼女は寄るところがあると言っていたので、先に帰って行った。なんとも疑問に思わなかったことが、パズルのようにつながっていく。はめられたな。

「……良かったら、一緒に帰らんか?」
「え、」
「嫌ならええよ」

やはりと思ったお誘いが紡がれる。ちらりと北君を視界に入れると俯いていた。その聞き方はズルいと思うんだ。そんな風に眉を下げて、切なそうな顔をされてしまったら、断れないじゃないか。自分の良心が痛み、結局、首を縦に振るしかなかった。

「……いいよ。一緒に帰ろう」

どうせ帰り道は一緒だから。北くんと一緒に帰るのは、別にはじめてではない。彼も私も同じバス通学で、時々帰る時間が被ることも多かったからだ。

通学路を2人で並んで歩く。話題に困って、ふと目線を空へと移すとキレイな星空が目に入った。この美しい空だけは、元いた世界と何も変わらないのに。どうして、私は此処に存在しているのだろう。そんなことが頭に過ぎって虚しくなる。帰る方法なんて、分からないのに。否、帰れるわけないのに。私は、きっと、死んでしまっているから。

「迷惑やったか?」
「……そんなことないよ」
「せやったら、何でそんな顔するん?」
「どんな顔?」
「えらい思い詰めた顔しとるで」

ヒュッとした音が喉元から鳴った。足を止めてると、北くんが私を振り返る。

「少し、昔を思い出してた」

今居る世界が、嫌いなわけじゃない。だけど、今、此処に存在している私が経験することは、全て"2回目で"。他の子と違う自分のその部分が、他の子と相容れないその部分が、とても怖いのだ。

「昔って?」
「…嫌な思い出」
「そら難儀やな」

そして、私は、嘘を吐いた。そのまま私たちは、ただ黙って帰路を急ぐ。

バスに乗り込むと、自然と北くんが窓際に座る。私はその横に腰掛けて、窓の外を眺めた。空を眺めていると、隣にいる北くんの横顔が目に入る。彼は何も言わずに、暗記帳を眺めていた。隙間時間に勉学に励むその姿は、流石と言える。何事もちゃんとやる人だから、きっと、今の彼がいるのだろう。

「灰野さんって、星が好きなん?」
「へ?」

徐に口を開いた北くんは、視線だけは暗記帳を見ている。

「よう見てるから」
「ああ……」
「せやから、好きなんかと思ったんやけど、ちゃう?」
「………それは、」

星が好きだったのは、私ではない。昔の、前いた世界の彼。もう顔も思い出せないし、何なら死ぬ前に別れていた人だけど、この世界に来て、夜空を眺める度に、思い出が甦ってくる。

「それは、私じゃないよ」
「………」
「前好きだった人が、星が好きな人だったから」

その言葉を言った途端、青ざめた。こんな話、するべきではなかったと、脳が警鐘を鳴らす。仮にも、想いを寄せてくれる相手に、元彼の話をするだなんて、無神経にも程がある。

「……まだ、好きなんか」

相変わらずの無表情で、こちらに視線も寄越さずに問いかけられる。

「うーん……。でも、もう一生会えないから」
「……!すまん、」
「気にしないで」

この世界に彼がいない事なんて、生まれたときから分かりきっているのに。どうして、こんなに苦しくなるんだろう。忘れたはずだったし、過去として洗い流せていたはずだった。別れてからも普通に生活していたし、次の恋に向けて頑張っていたはずだ。その矢先に、人生が終わってしまったけれど。

「!北くん?」

不意に隣から手が伸びてきて、私の右手が包み込まれる。

「無理せんで、ええよ」

それは、魔法の呪文のようだった。我慢していたはずなのに、とめどなく流れ落ちていく雫を、やさしくやさしく拭われる。幾つも年下の男の子に、心を曝け出してしまった。

「なあ、聞いてもええ?」

ためらうように紡がれていく問い。

「どんな人やったか、聞いてもええか?」
「……北くんとは正反対のような人だったよ、」

だらしなくて不器用で、素直じゃ無くて。自分から率先して馬鹿騒ぎもするような人。ああ、でも、

「でもね、1度決めたことは、"ちゃんと"するような人だったかな。そこは似てるね」

努力家で、正義感が強くて。嘘を吐くようなことはないし、吐けるような人でも無かった。

「さよか」
「ごめんね」
「なんで謝るんや」

だから、私のことは諦めてよと言ってしまえれば、どんなに楽だったのだろうか。そんな言葉を告げられない私は、弱くてズルい人間だと思う。この優しさを利用なんてして良いはずがないのに。

「そいつよりも、俺のこと好きにしたる」

もし、神様がいるのなら、いっそのこと私を永遠に眠らせて欲しい。

20201214




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