北信介。強豪の男子バレーボール部の主将を務め、品行方正、文武両道な人。達観していて、考え方や所作すべてが高校生とは浮世離れしている印象がある。もしかしたら、同類なのかもしれないと思った事もあるほどだ。1年、2年と同じクラスで、それなりに親しい間柄だと思っていたが、まさか、想いを寄せられているなんて思ってもみなかった。
「……ごめん」
付き合えない、そう告げても無表情。振られたとは思えないくらいあっさりとしている。本当にこの子、高校生か?とまで思ってしまうくらいだ。いや、高校生なのは間違いないのだけど。
__前世、とは?
そう言われたときに、悲しかったのを今でも覚えてる。
「理由聞いてもええ?」
「……今は、恋愛に時間を割けるほどの余裕がないから」
「それやったら、終わってからやったらええ?」
「それは、」
意外とこの男、ぐいぐい来るなと思った。前世では、そんなに告白をされた経験はない。この世界でも片手で数えるくらいだ。なるべく相手を傷つけず、それでいて、すっぱり諦めてもらうには、どう言えば良いのだろうと毎回悩まされる。
「俺のこと、好きやないん?」
ピンポイントな問いが向けられて、俯いた。だけど、此処で、きちんと向き合わなくては失礼だ。
「北くんのことは、友人としてなら好きだよ」
「……他に好きな人がおるん?」
「ううん、いないかな」
「……せやったら、」
「ごめんね」
何度目かの謝罪の言葉。何かを紡ごうとしたのを遮って言ってしまったことを許して欲しい。そのまま、その場を後にしようとすれば、左腕を捕まれた。思いの外強い力で、振り払うことが出来ずに、その場に留まる。
「せやったら、諦めんから」
それだけ言うと、北くんは、私を置いたまま教室へと戻っていった。
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嘘でも好きな人がいると言えば良かっただろうか。今年は北くんと同じクラスじゃなくて、本当に良かったと思う。想い人に振られても、諦めない、なんて言える男はこの世に何人いるのだろうか。
「瑛、どないしたん!?顔、真っ赤やよ!?」
みっちゃんが、ニヤニヤした顔で私の所に詰め寄る。私が今日、告白をされたかもしれないということを知っているのは彼女だけだ。今までの私と違う様子に驚きが隠せないようである。
「……諦めんなんて、言われたの、はじめてや」
「わーお、動揺して関西弁になってるやん」
「告白なんて、あんまり、されたこともないし…」
「やっぱり告白やったんやな」
「あ、」
失言したと思ったときには、時既に遅し。しかも、友人の好奇心をかき立てるようなことを先に言ってるから、おかげで根掘り葉掘り聞かれる羽目になってしまう。
「そんな熱烈に想い告げてくれる人やったんなら、付き合ってみれば良かったのに」
「それで好きになれたら良いけど、なれなかったとき相手が可哀想でしょ?」
「そんな反応しといて好きになれんかも言われても説得力ないで?」
「……そ、れは」
私から、こんな話を聞くのが珍しいからだろうか、ツンツンと友人は楽しそうに私の肩を突いた。気恥ずかしくなって、乱雑にその手を振り払うけれど、尚もみっちゃんは楽しそうである。
「ねえ、誰?そんなに瑛の心をかき立てるんは、誰?!」
「言い方…」
「ええやん、教えてくれても!フって終わりにならんかったみたいやから、気になるんよ!!」
「みっちゃん、絶対面白がってるよね」
「やって、今まで瑛、恋愛なんて興味ないわーって感じやったやん」
「それは、今もだけど」
「せやから、そんな顔して言われても説得力ないんやって」
「どんな顔よ…」
その後も続く攻防に、チャイムが鳴った。ようやく解放されたと一息吐いたけれど、一筋縄ではいかないこの友人は、部活が終わってからの帰り道も、ずっとその話題を繰り返した。結局、折れたのは私の方だ。
「誰にも言わないなら、教えてあげる」
ここまで聞かれて口を割らなかったら、友人を失ってしまう。私は信用ないんかーと喚くみっちゃんの耳に、そっと口を寄せた。
「……北くん、だよ」
「へえーっ!?」
近所迷惑だよ、と叫び声を上げたみっちゃんの口を塞いだ。
「もったいないなあ、北くんフったん!?」
「勿体ないからだよ」
私には勿体ないくらい出来た人でしょう、と言えば、みっちゃんは口を噤んだ。でも、その後、再び明るい音で言葉を続ける。
「えー、でも、北くんやったら瑛くらいしか、おらんやん?」
「なにが?」
「釣り合うの」
「は?」
何言ってんの、と視線を向ける。確かに、スクールカースト的に言えば、分からなくもない。それを言うと友人を失うかもしれないので言えないけれど。
「お似合いやと思うねんけどなあ」
そんなことはない。北くんは、とても凄い人だ。反面、私はとてもズルい人なんだよ。そう言えたら、どんなに楽なのだろうか。
20201211