交友関係を築く上で、相手をよく知ることは、とても重要だ。人間には様々なタイプがいるけれど、そのどれもが全く同じという人はいない。似ている部分や共通点が多かったとしても、それは全くの別物である。だから、どのような言葉を紡いだら相手の心を抉らないか、相手を喜ばせることが出来るか。それは、人間関係を作り上げる上で尤も大事なことだと認識している。……昔から。
私は、この世界では異質な存在だと思う。カレンダーの日付に書かれている暦は、2012年。私は、この年を経験するのは"2回目"だ。
私の最後の記憶は2020年で途切れている。はじめは、タイムスリップでもしたのかと思った。この世界においての母親と思われる人物の身体から這い出て産声を上げたとき、戸惑いを隠せなかった。ほんの一瞬前に、私はトラックに轢かれたはずなのに。悪い夢なら醒めて欲しいと思って、18年。1つの答えが出た。自分はトリップというものをしたのかもしれない。
昔から漫画やアニメが好きだった。夢小説と呼ばれるジャンルは読む専門で、素晴らしい書き手の方に出会ったときは、気分が高揚した。でも、それはあくまでも作られた物で、それが現実に起きるなんて想像もしていなかった。そして、なにより、この世界が何の作品なのかは分からなかった。なるべく原作というものに関わらない方が良いと思っていたのに、だ。だから余計に分からないし、怖いのだと思う。
「おはよう、瑛」
「おはよう」
「おはよう、お父さん。お母さん」
テーブルについて、並べられた朝食に手を伸ばす。玄米ご飯に味噌汁、鯖の塩焼き、大根の煮物。健康的な朝食を咀嚼しながら、今日起こるであろう出来事に頭を抱えていた。
__明日の朝、また此処で。話したいことがあんねん。
前にいた世界、簡単に説明すれば"前世"で良いだろうか。前世の私は、極普通の一般人だった。普通の公立中学に通い、普通の高校に進学し、Fランの大学を出てOLとして働いた。日々の楽しみは、アニメと漫画とゲーム。どこにでも居るオタクという人間だった。だけど、それは、この世界に来てしまってから、それらに触れることが怖くなってしまった。自分がこの世界では"異質"なのだということを、認識させられてしまうから。
前世では、部活動に入っておらず、青春と呼べる経験をして来なかったので、此処では、やってみようと思って入った吹奏楽部。キャピキャピとした同年代女子のテンションについていくのは大変だった。だけど、周りから達観していると思われたのか、3年に上がった今では部長まで任されている。
昔、好きだった漫画に音楽は人の心を動かす力があるという台詞があったけれど、その通りだと思った。何という漫画か忘れてしまったけれど。だって、この世に存在しないから。
でも、音楽に触れている間は、自分が異質だと言うことを忘れられるから良かったと思う。
「行ってきます」
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朝の自主練をやる人間は多い。音楽室を使う部員もいれば、1人で練習できる場所を探して、各々のお気に入りの場所でやっている部員もいる。全員が何処で練習しているかを把握しているのは、私くらいだろう。みんな1度音楽室に自分の担当楽器を取りに来るので、誰よりも早く登校して音楽室の鍵を開けるのは部長である私の仕事だ。練習時間は朝の7時半から8時20分まで。8時30分からホームルームがはじまるので、みんな10分前には楽器を戻してくれる。偶に時間を忘れて練習してしまう子がいるけれど、全員の場所と連絡先を把握しているので、特に問題はない。
それに、多少のホームルームの遅刻は許される。悪いのは私ではないのも教師達は分かっているし、我が校の吹奏楽部は全国屈指の強豪校だからだ。次から気をつけろよ、で終わってしまうのは、日頃の行いと成果の賜物である。ただ、今日は別件があるのだけど。
「ごめん、みっちゃん。ありがとう」
「ええよー」
朝7時に音楽室の鍵を開けて、自分の愛用しているクラリネットを手に持つと、副部長の友人が顔を出した。私は、その子に音楽室の鍵を差し出す。今日は私用があるので、鍵を閉めるのをお願いしていた。
「どないしたん?急に鍵閉めるのだけお願いやなんて?」
「あー……ちょっと、人に呼ばれててね」
「えっ!?」
きゃあっと色めき声を上げた友人の反応を見て、今日の呼び出しはやはり、そういうことだろうかと思った。
「誰々?誰に呼ばれとん!?」
「あー…言わないといけない?」
「やって、気になるやん!!高嶺の花に告白やなんて、勇気ある人がおるんやね」
「告白だとは決まってないし、高嶺の花でもないから」
確かに、この世界では多分容姿に恵まれた方だと思う。前世では小柄でちんちくりんだったけれど、この世界では女子の平均くらい身長はあるし、顔も整ってる方だ。おかげで、メイクをするのが、とても楽しかったりはする。それに加えて、前世の知識のおかげで成績も良い方で、教師から勧められて生徒会もやってるし、目立つ存在だとは思う。だけど、そのどれも、みんなと平等ではない。
「ねえ、もし、そうやとしたらOKするん?」
「……しない」
「えー。やったら、教えて貰うわけにもいかんかあ」
こういう所は、この子の好きなところだったりする。この世界では、友人にもとても恵まれたなあと独りでに笑った。
▼
8時10分くらいに練習を切り上げてクラリネットを音楽室に返却した。いつもより早い行動に不思議そうにしていた部員はいたけれど、生徒会活動やら何やらと、いつも忙しくしているおかげか、誰も何も言ってこなかった。約束の時間まで、後すこし。何をするわけでもないけれど、とりあえず身だしなみを軽く整えた。
__ねえ、もし、そうやとしたらOKするん?
高校生なんて、私からしてみれば子供だ。そう思っていたけれど。
「すまん、待たせてしもたな」
「……おはよう、北くん。今来たところだから、気にしないで」
「さよか」
目の前の彼だけは、そう思えなかったりする。
「今日は、バレー部練習無かったんだね」
「おん、体育館の点検でな」
「IHお疲れ様。春高も応援してるよ。残るんだよね?」
「おん」
惜しくも準優勝だった彼らは、この雪辱を春に返すべく頑張るという。どこまでも真っ直ぐな彼らが頂きに上る瞬間を見たいと思った。
「応援行くから」
「気が早いな」
「………」
「それで、話なんやけど、」
朝の屋上にいるのは、私たち2人だけ。ざあざあと吹く風が心地よいのと同時に、私の不安をかき立てる。出来れば、聞きたくないと思った。
「1年の頃から、灰野さんの事が好きや。俺と付き合うてくれん?」
その言葉に返すのは、たった一言だ。ごめん。
20201206