ぽつりぽつりと紡いでいく言葉を、一言一句聞き逃しはしないと言わんばかりに、時には相鎚を打ってくれながら聞いてくれた北くん。時には身体が震えるし、言葉に詰まってしまうし、滅茶苦茶な感情の赴くまま吐き出すものだから、支離滅裂だしで、聞いてる方は苦労しているだろうに、それでも文句1つ言わずに、私の言葉を聞いてくれる。ようやく全てを話し終えた後、北くんの顔色を窺いながら言葉を待った。相変わらずの無表情の奥には、どんな思いが隠されているのだろう。怖くて怖くて堪らなかった。

「……分からんなあ」
「っ、」
「ああ…ちゃうよ。そういうことやないから」
「え、と…?」
「信じるで。灰野さんの言うこと。せやけど、それで何で自分なんかおらんほうがええって言う考えになるんかが、理解できんだけや」

そう言って、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。

「だって、私はみんなと違うし、本来ならこの世にいないはずで…」
「……そんなん灰野さんが決めることとちゃう。神さんが決めることや」
「みんながはじめて経験することが、2回目なんだよ。ズルいでしょ」
「別にズルやないやろ。せやったら、高校3年間スタメンの人間が経験する全国大会2回目はズルいんか??」
「えっ…」
「灰野さんが言ってるんは、そういうことやろ」
「違…」
「何も違わへん」

そうなのか…?普通の人が経験する"はじめてのもの"が、2回目なのは、ズルくないのか。それを知ってるから緊張もしないし、落ち着いて行動できるのに。いや、知っていても大して凄いことをしている自覚はない。要領を得ているだけで、こんな私よりも凄い人はたくさんいる。それこそ、目の前にいる北くんのように。

「もしかしたら、急に前いた世界に戻るかもしれないよ?」
「それは、困るな…」
「……分かんないけど。多分、もう死んでるから大丈夫だけど」
「なんぼ事実でも、そんな縁起でもないこと言うたらあかん」
「………」
「此処は謝るとこやで」
「ごめんなさい」

抱きしめられた状態のまま、ぺこりと頭を下げた。そうすると、ゆっくりと北くんの身体が離れていく。

「それに、中身は40歳くらいのおばさんだし」
「そんなこと言われても、俺から見たら、可愛らしー女の子にしか見えへんけどな」
「なっ…」
「ほら、そうやって照れとるのみてしもたら、おばさんなんて思えへんし。まあ、俺は灰野さんがおばさんになって、シワシワのばーちゃんになっても、好きな自信あるんやけど」
「た、たんま…」
「ええで」

顔を覆って、火照りを誤魔化した。こんなに真っ直ぐに想いを紡がれると、どうしていいか分からなくなる。元彼と比べたらいけないけれど、前世での彼はここまで出来た男ではなかった。

「で、灰野さんは前世の男が忘れられへんの?」

急な問いに言葉に詰まってしまう。けれど、それを肯定することは出来なかった。

「その男がこの世にいたら、どないする?」
「……それは、」
「まあ、渡す気はないんやけどな」
「待って北くん…。本当に待って、これ以上は無理。恥ずかしくて死んじゃうから…!」

もう心は完全に、北くんの方へと傾いていることを自覚している。だって、摩訶不思議な自分の全てを曝け出してしまったのに、それを受け入れてくれた。その上、それでも好きだと言われて、この先も好きで居る自信があるとまで言われて。それで、靡かない女の子って存在するのだろうか。いちいちやることなすことが、格好良くて、色んな意味でズルい。

「20歳半ばを超えたら、初めてのことだらけになって、ポンコツになるかもしれないよ」
「例えば?」
「結婚とか出産とか、子育てとかしたことないもん…」
「別にかまへん。灰野さんのそういうところに惚れたわけとちゃうし。言うたやろ、心が好きやって。それを一緒に乗り越えたり悩んだりしたらええやん。何も問題ないやろ。とうか、さっきから灰野さんの様子みてたら舞い上がってしまいそうや」
「え…?」
「なんや、俺のこと好きや思っとるみたいに見えるんやけど、これって、期待してもええんか?」
「なっ…」

思わず手が出てしまって、軽くポカポカと北くんのことを殴ってしまう。勿論、加減はしているけれど、それなりに力は入れている。こういうことを、どうしてシレッと目の前の男は言えるのだろうか。やっぱり何か間違ってる。この人の方が人生3回目とか、そんな感じなんじゃないだろうか。

「茹で蛸みたいやな。真っ赤になっとる」
「言わないで…ください…」
「なんで?可愛ええよ」
「……北くん!」
「好きや。……1年のころから、ずっと灰野さんのことが好きです。せやから俺と付き合うてください」

もう逃げ道はないのだと見つめられて。頷く代わりに、私もその背に腕を回した。

「……私も、北くんのことが好きになりました」

こんな私の全てを、受け止めてくれてありがとう。暗がりの心の中に、光が宿った瞬間だった。



20201223 完

応援、ありがとうございました!!




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