3年が引退し、これからは俺たちがバレー部を引っ張っていかなければならない。俺たちの学年でスタメンだったのは俺と賢二郎の2人だけだ。今後の方針について相談した翌日のことだった。

「なあ、聞いたか?」
「あ?何が?」
「その…菫がコンクールで金賞を逃したってやつ…」

知らねーよ!と言いたかったが、最上菫さんと言えば賢二郎の彼女だ。去年の冬頃から付き合い始めて、もう1年経つ。賢二郎は、今、部活のことで抱え込んでいることも多く不安定だろう。足蹴には出来ない。否、してはならないと俺の本能が告げた。

「あー…今、お前から聞いて初めて知ったけど。それで?」
「なんて連絡してやれば良いか、と」
「え、普通に次回頑張れとかでよくね?それか、大丈夫か?とか…」
「菫は、音楽に魂注いでる奴なんだよ」

いや、知らねーよ!と再び言いたくなったが、口を閉じた。最上菫と言えば、賢二郎と同じく努力の天才のような人である。成績上位をキープしつつ、生徒会の活動も頑張り、吹奏楽部の活動も頑張っているらしい。それとは別で、ピアノも習っているらしく、コンクールで何度か金賞も受賞していた記憶もある。

「案外もう切り替えてんじゃねーの?小さい頃から、色んなコンクールに出てたんだろ?」
「ああ…そうらしいな、」
「らしいなって…。大体、そんなこと言うならお前も一緒だろ?」

あんなに早く春高で負けるなんて、誰が予想しただろうか。

「まあ…そうなんだけどな」
「んだよ、歯切れ悪りーな…」

こういう賢二郎を見るのは珍しい。あの白布賢二郎も彼女には弱いってか?

「デートにでも誘って、キスの1つや2つかませば、元気でるんじゃね?」
「なっ…」

冗談でそういえば、途端に賢二郎の顔が真っ赤に染まる。まさか、という考えが過ぎったが、いやいやあり得ないだろう。だが、この反応から見るに…恐る恐る疑問を口に出した。

「お前まさか…まだ、とか言わねーよな」
「………」

無言は肯定。つまり、この男、1年も付き合っておいて、キスもしたことがないようだ。

「マジかよ…」
「俺と菫は、普通じゃねーんだよ」

いやいや知らねーよ!!本日何度目かも分からないツッコミを心の中に留める。よくやった、よく我慢したな俺。誰も褒めてはくれないので、自分で自分を褒めておいた。

「普通じゃねえって何が?」
「おい、お前。誰にも言うなよ」

真剣な眼差しでこちらに近づいてくる賢二郎。そして、ひそひそ話をするかのように、小さな声で、ぽつり、と呟いた。

「………はあ!?」

白布賢二郎と最上菫は、俺らの学年では誰もが憧れるカップルだ。お互いの愚痴は言わないし喧嘩しているところも見たことがない。一緒に居ると仲睦まじそうな印象もある。その上、2人ともが品行方正で成績優秀。それに加えて最上さんは音楽の才能があるし、賢二郎はバレー部のスタメンで活躍している。まさに、天は二物を与えたと言えるようなカップルだ。そのカップルが、だ。

「バッ、かやろ!!声がでけーよ!」
「………、…悪い」
「いや、」

いやいやいや、マジで知らねーよ!!お前らが、"お試し"で付き合ってる偽カップルだなんて、誰が信じるんだよ、そんなこと!!

「あー…この間、ラインしたときは普通だったぞ?」
「は?」
「いやな、烏野に負けた後にラインが来たんだよ。お前大丈夫そうか?って」
「………なんて答えたんだよ」
「無難に、IHで雪辱を果たすべく頑張ってるって伝えたけど」
「そう。…さんきゅ」

雰囲気が先ほどよりも柔らかくなったように見受けられたので、ほっと一息吐いた。

「もうすぐクリスマスだし、デートにでも誘ってみれば?」
「………」
「賢二郎?」
「ぜ、善処する…」
「おう。まあ、俺ら部活あっから、少ししか会えねーだろうけど」
「………それ、誘わない方がよくね?」
「なんで?」

誘っておいて、少ししか会えませんって彼女からしてみれば嫌なんじゃねーか。と頭を悩ませる賢二郎。俺は盛大なため息を吐いた。

「あのな、女子からしたらクリスマスに彼氏と会えるなら1時間や30分でも嬉しいもんだぞ」
「…そんなもんなのか?」
「ちなみに、俺の姉貴が言ってたからな。信憑性あるだろ」
「まあ…」

正直言うと俺は戸惑っている。あの白布賢二郎が、こんなことで頭を悩ませるなんて、誰が思うだろうか。

「ほら、聞いてみろよ。クリスマスあいてるか?って」
「おう…」

スマホをタップして、恐らく最上さんにメッセージを送っているのであろう賢二郎を盗み見る。俺は、とんでもない秘密を知ってしまったのではないか、と今更になって怖くなってきた。数分もしないうちに、賢二郎のスマホが震える。

「あいてるって…」
「んなら、空けといてっつっとけ。部活は休めないだろうから、自主練早めに終わらせて、どっか行こうって言えば?」
「あ、ああ…」
「そういや、去年の話だけど、駅の近くにイルミネーションがキレイなところがあるって、クラスの女子が騒いでたな。今年もやってるかはわからねぇけど、聞いて見とくわ」
「………、さんきゅ」
「貸し1だからな」
「げっ」

とりあえず、秘密を知ったからには、こいつらが上手く行くように祈るしかない。面倒くさいことになってしまったと、誰知らず頭を抱えた。





20201121
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