"すき"ということ
任務前。スマホを覗き込むと、ほんの数分前に着信が入っていた。任務の集合時間までには、まだ時間がある。とりあえず折り返し着信をかけてみると、直ぐに応答してくれた。

「もしもし、乙骨くん?」
『久しぶり、須藤さん。その様子だと大丈夫だったんだね』

自室の椅子に腰掛けながら、最近の出来事に想いを馳せる。

「うん、いろいろあったけどね…あ、ラインでの連絡でごめんね。今、大丈夫?」
『直ぐにライン貰えてたから安心はしてたよ。だけど、久しぶりに空いた時間が出来たから、話せないかなと思って電話したんだ。僕は大丈夫だけど、須藤さんは大丈夫?』
「うん、18時から任務が入ってるけど、それまでなら…」

私は自分に訪れた出来事を言葉で説明していく。一応、簡単にラインで伝えてはいたけれど、やはり、きちんと報告しておきたいと思ったからだ。人に説明するのは得意ではない私だけど、そこは流石乙骨くん。聞き上手な彼は、私の話を意図も容易く理解してくれる。

『そうだったんだ…大丈夫?』

身内に呪詛師がいると判明した今、私を取り巻く環境は、目まぐるしく変化している。主にそれは、私自身が起しているものだけど、乙骨くんの問いは、"そういう意味は含まれていないだろう"

「なんだかんだ慣れてるから、大丈夫かな…?それに、昔と違って今は、みんながいてくれるから」

ずっと孤独だった幼少時代。仲間なんていらないと蔑んでいた時期もあるけれど、

__君は呪術師に向いていないよ。だから、高専に入る必要がある

あの時、伸ばされた手を握って良かった。だって、大事な存在に出会えたから。

『まあ…狗巻くんがいるからね?』
「な、なななな、なんで、そこで狗巻くんの名前…!?」
『パンダくん』
「……もうやだ」

この後、近況報告もしようと思っていたけれど、その話題は避けるつもりだったのに。ここで、2年生全員が仲の良い弊害が出るとは思わなかった!と頭を抱える。そんなことは露知らずの乙骨くんは、電話先で苦笑を漏らしていた。笑い事では無い!どうして、私の周りは、私がこんなに悩んでいるのに囃し立てるのだろうか。そっとしておくという言葉は知らないのだろうか。羞恥心に耐えられず、フツフツと怒りすら湧いてきてしまう始末である。

『まあまあ、みんなが2人のことを見守ってきてるっていうのもあるから、怒らないであげて?』
「えっ……」

そういえば乙骨くんも知ってるって事は、狗巻くんっていつから私のことを好きで居てくれてるんだろう。あまりにも、その期間が長すぎたら鈍感すぎるにも程がないか私。真希ちゃんに悪女と言われても仕方ないのでは!?ベッドに寝転んで、足をパタパタとバタ足のように動かす。それを聞いたところで、調子に乗ってんのか?と思われてもイヤなので閉口するしかないのだけど、

『狗巻くんの片想い歴、須藤さんが思ってる以上に長いからね』

そんな私の疑問なんてお見通しなのか、ふふっと笑いながら乙骨くんが言葉を続ける。

「え?ま、待って?え?」
『俺が編入する前から、好きだったみたいだよ?』
「あ、あうー…」

ってことは、約1年半くらい前だろうか。その時から想ってくれてて、私が"恋情"や"愛情"が理解できるまで、待っててくれるって言ってくれたのか。知られざる裏側と、自分自身がめちゃくちゃ大事にされているのだという事実が、ダイレクトに伝わってくる。込み上げてきた何とも言えない感情が、どんどん頬を熱くしていった。

「あ、あの…乙骨くん…相談しても良いですか…」
『ははっ、うん。良いですよ?』

上手いこと説明出来ない事なんて、百も承知であろう乙骨くんに、今まで起こった出来事を交えながら、自分の今の気持ちをポツリポツリと漏らしていく。

「狗巻くんは優しいし、とっても良い人だって分かってるから、好き…だとは思うよ。だけど、それは真希ちゃんや乙骨くんとか、パンダくんもで…」

みんな優しいし、みんな大切な仲間だ。そこに優劣なんて存在しないと思うし、だったら、狗巻くんの言う"好き"と私が抱いている"好き"は、どう違うのだろうか。

『んー……恋愛は、キレイな感情ばかりじゃないからね』

乙骨くんは、そう言った後、私に1つの問いを投げかけた。

『須藤さんは、"ヤキモチ"って妬いたことある?』
「ヤキモチ…」

誰かに盗られたくないな、とか。この人の1番は自分であってほしいとか。例を出してくれる乙骨くんの声音は、終始優しかった。きっと、乙骨くんは経験したことがあるのだろう。だけど、盗られたくないなんて狗巻くんはモノではないし。狗巻くんの1番になるなんて、烏滸がましいと思ってしまう。

『ははっ、既に1番だから烏滸がましいと思うのかな?』
「えっ……」
『狗巻くんの1番は須藤さんだよ』

狗巻くんにだって、大切な家族がいるし、大事な仲間もいる。そこに優劣がないのは、確かだよ。だけど、

『1番大切な女の子は君だよ、須藤さん』

バタつかせていた足を、ゴンッと壁へと打ち付けてしまった。大きな音が聞こえたのか、はたまた別の意味でか、否、きっとどちらもだろう。『大丈夫?』と問いかけられる。それが分からなくて聞いているのに、更に分からない言葉が増えてしまった。私が狗巻くんの1番大切な女の子。それが、みんなの言う"好き"。だったら、私にとって1番大切な男の子は狗巻くんになれば良いのだろうか?でも、それって無理して思うのは違うのだろうか。また、分からない疑問がぐるぐるぐるぐる回ってくる。

「う、うん…そ、そこまでは理解出来てて、私も、同じように想えたらと思うんだけど、でも、それって頑張ってなることじゃないと思ってて…」
『うん、そうだね』
「だけど、いつまでも待たせるのも悪いかなと思う自分もいて、だから、早く答えを出してあげたいとも、思うの」
『焦りは禁物だよ、須藤さん』

乙骨くんは、焦って答えを出しても狗巻くんは喜ばないと言った。

「でも、私が答えを出せるまで待てなかったら…」
『ははっ、"そういう感情は"あるんだ?』
「え?」
『須藤さん、気づいてる?それって、狗巻くんが須藤さんのことを、何とも思わなくなったら"イヤだ"っていう感情だよ。不安なんでしょう?早く答えを出さないと、狗巻くんに好きでいてもらえなくなっちゃうんじゃないかって』
「………」
『頭の良い須藤さんなら、なんでそう思うか分かるんじゃない?』

__誰かに盗られたくないな、とか。この人の1番は自分であってほしいとか。

ガツン、と鈍器で頭を殴られたような感覚がした。ポロリと手元からスマホが滑り落ちそうになって、慌ててなんとか止める。そして、何度か深呼吸を繰り返して、高鳴る胸の鼓動を落ち着けるように、片手で其処を抑えた。きっと、乙骨くんには、全てがもう分かっているのだろう。だけど、そこに辿り着いてしまうのが、なぜだか怖いと思う自分もいて。どうしてそんな風に思うのか戸惑っていると、『須藤さん?』とやさしく名前を呼ばれた。返した返事の音は、裏返ってしまって恥ずかしくなる。

『無理して答えを出さなくても良いんだよ。僕から言われた言葉を、忘れないでいて欲しいなとは思うけど』
「………」
『きっと、狗巻くんも、ゆっくり分かってもらおうと思ってるから。それに、こうして悩んでるって伝えるだけでも、喜ぶと思うけどな』
「………」
『聞いてる?須藤さん?』
「う、うん…。聞いてます」

前髪をくしゃりと撫でて、瞼を降ろすと、やさしく微笑んでくれる狗巻くんが写る。

『あの、乙骨くん、ありがとう』
「どういたしまして」
『乙骨くんも、里香ちゃんのこと、そういう風に想ってるの?』
「うーん…」

男の子と女の子では、そういう風に想う感情に違いはあるのだろうか。だったら、真希ちゃんにも聞いてみた方が良いのかな。やさしく教えてくれるだろうか?野薔薇ちゃんも恋愛経験豊富な感じで言ってたから、そっちの方が良いかな。でも、後輩にそんなことを聞くなんて先輩としてどうなんだろう。乙骨くんの答えを待ちながら、そんなことを思った。

「多分、須藤さんが愛情を理解できたら分かると思うよ」







20210315




目次


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -