何もかもを手に入れられるように
翌日。体調が回復した私は、乱雑に職員室の扉を開いた。そこには自分のデスクに腰掛けて、漫画を読んでいる五条先生がいた。辺りを見渡すと、他の先生方の姿はなく、狭い職員室に五条先生だけがポツリと存在している。これは好都合だ。

「あれー?梓から、僕の元を訪れてくれるなんて珍しいね」
「五条先生に会いに来たわけではないです」

日下部先生に提出しなければならない書類を、そのデスクの上に置いた後、五条先生を一瞥する。

「ですが、昨日聞けなかったことがあるので、それは聞きたいですね」
「ヤダー、ツンデレ?仕方ないな。なになに?棘と梓の相性が良い話のこと?」
「違います」

狗巻くんには話していないけれど、それについては、答えが出ている。おそらくだけど、私の旋律呪法と狗巻くんの呪言は掛け合わせることができるのだ。私は、もしかしたら、コレには反転術式に似た作用をもたらすのではないかと思っている。反転術式は、言わば「−(マイナス)」である呪力を体内で掛け合わし、「+(プラス)」の呪力を生み出すことを指す。これによって、家入さんは治癒を行っている。では、私と狗巻くんが力を合わせて治癒が出来るのか?と問われたら、その可能性は無きにしも非ずだ。そもそも、狗巻くんの呪言について、全てを理解できていない。

__呪歌(−)×2=??(+)になるのだろうか

まずは、そこからだと思う。どうなるか試してみる価値はありそうだ。とは言え、この話は、私と狗巻くんとで試行錯誤してみてからだ。今日は、別の目的がある。

「じゃあ、何?」
「大方想像はついてますよね?だから、昨日、私の元に来たんでしょう?」

狗巻くんの話を出すことによって、私の調子を図ったという点は決して褒められたものではない。だけど、私が五条先生に言い返す気力があまりなかったのを見て、本題に入るのを辞めたと踏んでいる。その点だけは、褒めて良いだろう。

「あちゃー、流石梓だね」
「からかわないでください」

ため息が漏れる。こうやって、普段おちゃらけたりしなければ、周りから少しは信用されるだろうに。それがなくても、目の前のこの人が最強だという事実は抜かりないけれど。

「で。単刀直入に聞きますね」

そっと瞼を閉じた。その裏に浮かび上がる情景は、一昨日の出来事たち。靄がかかった頭の中に潜む疑問の中から、まず、1つ目をチョイスした。

「歌沢の一族の生き残りって、私だけじゃないでしょう?」

まっすぐに五条さんを見つめた。頭に響くのは、今にも消えてしまいそうなくらい曖昧な音声。

__音楽なんてクソだ!!

「そうだね」
「全てを思い出した訳ではないので、これは、おそらくなんですけど…」

震える拳を握りしめた。信じたくない事実を、きっと肯定されるだろう。そうすれば、辻褄が合うからだ。あの時、それに気がついた時、皆がいなければ、自我が保てなかったかもしれない。

「私には、兄がいる。そして、その兄こそが歌沢の一族を惨殺した主犯の呪詛師です」

歌沢の一族も、母親の血縁の須藤の一族も"音"に関する呪術を扱う。それは紛れもない事実だけれど、先々代の祖父の代だけ違う。ロシア人の祖母が扱う呪術は、"音"に関する物ではない。きっと、それは、

「兄は隔世遺伝で、祖母の力を受け継いでしまったのではないでしょうか」

"記憶操作"の類いのものを。

「……お見事だね、梓。やはり君は、本当に聡いよ。1人でこの事実に辿り着いたんだから」
「1人ではないです。みんなのおかげです。いつか、私がこの事実に辿り着くのが分かっていたから、高専に来いと言ったんですか?」
「どうかな。賢い君なら、もう分かってると思うけど?」
「質問を質問で返すのやめてください」

旋律呪法を扱える呪術師は、年々減少していた。それに加えて、その最先端を生きていた一族が惨殺されてしまった。しかも、身内の手によって。厄介なことに、相手は"記憶操作"の類いの術式。上層部の人間に私が良いように思われていない原因は"そこ"にあるだろう。

「マリオネットになんて、なりませんよ」

とても心外だ。虎杖くんの一件の時も思ったが、良く言えば、上は保守的な考えをする人間が多すぎる。

「梓、落ち着いて」
「少し、怒りで興奮していますけど落ち着いています」
「いや、それ落ち着いてるって言わないんだけど…」

このタイミングで、ようやく座るように促される。五条先生の隣のデスクにあった椅子を拝借して、先生と向き合うようにして腰掛けた。

「梓は、その事実を知ってどうしたい?」
「どうもこうも、呪詛師に対する対応は決まっています」

例え、それが唯一の血縁だったとしても。

「ただ、私には兄の記憶がありません。きっと、あの人が消しているのでしょう」

それを思い出したときに、情が湧いてしまわないか。そして、記憶が消せるならば、改ざんも可能なのではないか。

「五条先生は、兄のことについてご存じですか」
「知ってるよ。本来なら、僕の後輩になるはずだった人間だ」
「なるはずだった?」
「君の兄は、記録上では高専に在籍してない。上の人間でも、存在を知っている人間は一握りだ」
「それは…」

"記憶"を操作するにあたっての、その術式の媒介はなにか。遺伝子ならば、私にしか影響はない。だが、おそらく違うと思われる。なぜなら、マリオネットに出来るであろう一族を惨殺している事実があるからだ。

「家のことを、もっと詳しく知りたいです」
「言うと思った。僕が知りうる限りの情報を提供するよ。部屋に送っといたんで良い?」

五条家に保存されている歌沢家のデータや、書籍。今まで触れてなかったそれらを知る必要がある。

「五条先生」
「なんだい?」
「どうして今まで黙ってたんですか?そして、まだ私に隠していることがありますよね?」

胡散臭いこの人のコレは今に始まったことではないし、それには、なにか意図があるのだとは思う。だけど、こんな回りくどいやり方は、時間の無駄だ。私が真実に触れるまでの間に、なにかあったら、どうするつもりだったんだろう。

「僕の野望のためさ。ゴメンネー、それに梓を利用してるんだよ」

言葉はとても冷たいのに、そうは思えなかった。

__上層部は呪術界の魔窟。保身馬鹿、世襲馬鹿、傲慢馬鹿、ただの馬鹿。腐ったミカンのバーゲンセール。そんなクソ呪術界をリセットする
__だから僕は、教育を選んだんだ。強く聡い仲間を育てることを。






20210211


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