どうして君ってやつはさ
気がつくと全てが終わっていた。今月だけで、私は、どれだけ医務室にお世話になれば良いのだろう。我ながら呆れてしまって、何も言えない。怪我が良くなってきた頃、私は落ち着かなくて音楽室の扉を開いた。そして、そこにあるグランドピアノの元へたどり着くと、備えられている椅子に腰掛けた。

〜♪〜♪♪♪

ポロンポロン、と適当に音を鳴らしてみる。旋律にならないように区切ってやっていると、物足りなさを感じた。わたしは、一息吐いたあと、音楽室に結界を張る。断片的な記憶の中で、珍しく幸せなものが思い出された。

__梓、手の平をペシャンとしてはダメよ。丸くね、猫の手。
__いいの?本当にピアノを弾いていいの?
__いいわよ。私が結界を張っておきますからね。
__結界?
__あなたの旋律が人を呪わないように、旋律に乗る呪力を抑えるものよ。いずれ、大きくなったら使いこなせるようにならなきゃね。だって、

"音楽はたのしくて、やさしくて、美しいものだから"

ねえ、失った記憶を取り戻すにはどうしたら良いのだろうね。

夏油は、五条先生が倒したらしい。先生が駆けつけるまでの間を、全て乙骨くんが担ったと聞く。そして、驚くことに乙骨くんは"解呪"にも成功したらしい。全て、目覚めた日に真希ちゃんから教えてもらった。

"乙骨くんが里香ちゃんに呪われていたのではない。
乙骨くんが里香ちゃんを呪ってしまってたという。"

乙骨くんは全部、自分のせいではないかと苦しんでいたそうだけれど、里香ちゃんはそんな彼に、呪いとなってしまった6年間の方が幸せだったよと伝えたらしい。そこにある絆は、なんて美しいんだろう。

一通り旋律を奏で終え、満足したところで音楽室を後にする。ドアを開けたところで、見慣れた顔が4つ並んでいた。

「え、…なにしてるの?」
「昼休みに、飯も食わずにどこか行ったら心配するだろう?」
「しゃけ」

なんて、放っておいて欲しい時に、放っておいてくれない彼等らしい言葉だ。

「ちょっと…落ち着かなくて…」

ふと視線を手のひらに落とした。

「ピアノを弾くと…落ち着くの…。亡くなったお母さんを思い出すから」

ピン、と空気が張り詰める。私はそれに気付いて慌てて訂正した。

「あ、幸せなものだよ…?こうやって音楽を奏でる時に結界を張りなさいって教えてくれてね…」
「珍しいな、」
「…え?」
「梓は、自分のこと、あんまり話したことないだろう。家族の話なんて、特にさ」
「そうだな。お母さんなんて言葉、聞いたのはじめてだ」
「すじこ」

私はこの時はじめて、彼等は彼等なりに、私との距離の取り方を考えてくれていたことに気付いた。彼等は、どことなく嬉しそうにしている。

「責めてるわけじゃねーからな。つーか、飯食いに行こう。腹減った」
「そうだな」
「しゃけしゃけ」

ぶっきらぼうにそう言った真希ちゃんが食堂へと向かいはじめる。その後ろをパンダくんと狗巻くんが追いかけた。私の隣には、乙骨くんが並ぶ。

「みんな、嬉しいみたいだよ」
「え、」
「僕も、もっと須藤さんと仲良くなりたいな」

にっこりとやさしく微笑まれる。

「おいコラ憂太!抜け駆け禁止だぞー」
「…おかか」
「ほら憂太、まずは棘が仲良くなるからな?」
「お、おかか!!」
「ははっ、ごめんね狗巻くん」
「おかかっ」

距離を置こうとしてたことに気付かれていたのに、それでも、私を知ろうとしてくれて、仲良くしたいと言ってくれる彼等を無下になんてできないじゃないか。

「はーい、梓サン?棘から、大事なお言葉です。理解できるかな?」
「いくら?」

パンダくんと狗巻くんが、似たような顔でこっちを見つめて首を傾げる。完全に悪ノリしている時の顔だ。私は、ちょっとムッとして言い返す。

「む…狗巻くんの言葉を誰よりも理解しようと頑張ってるのは…私なんだからね!」
「知ってる知ってる。めちゃくちゃ健気に奮闘してるもんな?いつも、すげえ顔してたからな、分かってるよ」
「な!真希ちゃん…!!」
「高菜?」

そんなに頑張ってくれてたの?と嬉しそうな顔で、狗巻くんがニヤニヤしている。

「…ちょっと、狗巻くん。さらに悪ノリしないで!」

だって限られた語彙で、何か伝えようとしてる人に、別の方法で教えてなんて提案するのは失礼にも程があるじゃない!

「で、えっと…狗巻くん、なんですか?」
「こんぶ?」
「………こんぶ?」
「しゃけしゃけ、こ・ん・ぶ!」

ジャスチャーも顔色も変えずに告げられた。脈絡がなさすぎる。いや、いつも脈絡はないんだけど、大抵ジャスチャーなり前後の言葉なり何かとヒントがあるのに…!強いて言えば、目が真剣味帯びているくらいだ。全く意味がわからずに、ニヤニヤしているパンダくんと真希ちゃんを睨みつける。この2人は駄目だ。そして、最後の頼みの綱に助けを求めるように、そんな様子を眺めていた乙骨君に視線をズラした。

「大変だね、須藤さん。…頑張って?」
「ちょ…!」

慌ててみんなの背中を追いかける。

「お、ついてくるんだな?…もう遠慮しねーぞ?」

そんな私を見た真希ちゃんが、ニヤリとして言った。

「私は随分我慢したからな。」
「もしかして、さっきのこんぶって…」

__君のことを教えて?













20201112








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