ハッピーエンドを希う
バタリと倒れた須藤さんを、真希さんが抱き留めた。騒ぎが収まった後、狗巻くんが真希さんから須藤さんを受け取り、とても大切なものを扱うように抱き抱えた。そして、心配そうな面持ちで優しく彼女の頭を撫でている。その目には、優しさが色濃く宿っていた。今まで見たことのない雰囲気を纏う狗巻くんに驚いたけれど、今はそれを気にしている場合ではない。須藤さんを医務室に連れて行くのであろう狗巻くんの後ろ姿を、僕たち3人は黙って追いかけた。

「梓って、何か持病持ちなのか?」

医務室に向かう途中、須藤さんが落としたと思われる薬を拾った真希さんは、それを強く握りしめていた。そして、意を決したようにして、僕の後ろに問うた。そこには、五条先生がいる。

「さぁね。梓が何も話してないなら、言えないかな」

五条先生のその言葉に、真希さんは悔しそうに唇を噛み締めた。







須藤さんを医務室に送り届けた後、狗巻くんは彼女が目を覚ますまで付き添いたいと願いでた。起きた時に誰かがそばに居た方が安心するだろうという事になって、希望通りその役割を狗巻くんが担うことになった。微かだが、少し嬉しそうに見えたのは内緒だ。

「棘、寝込みを襲うなよ!」
「お、おかか!」
「そうだな、合意の上でやるんだぞ!」
「おーかーかー!!」
「ちょっと、医務室で騒いじゃダメだよ!」

狗巻くんをからかう真希さんとパンダくんの背を押して、僕らは医務室を後にした。そして、寮へと3人で向かって歩いている最中に、先ほど過ぎった疑問を2人に投げかける。

「…あのさ、狗巻くんって、もしかして須藤さんのこと?」
「ああ、好きみたいだ。LOVEだぞ」

両腕を大きくあげて、パンダくんが丸を作って言った。

「意外か?」
「いや、そういうわけじゃ…ただ、須藤さんって、どこか僕たちと距離を置いてるように見えるから…」

決して嫌われているわけではない、と思う。必要最低限のことは話すし、実習で一緒になれば協力もする。元々内気な性格なのだろうとは思うけれど、だけど、どこか壁を感じるところがある。そんなことを考えていると、不意に前を歩いていた真希さんが立ち止まった。

「梓はさ、棘に筆談を促したことがないんだと」
「……え?」

そして、さらに言葉を続けて行く。

「出会った当初は、私も棘の言うこと分からなかったんだ。そんな時、手っ取り早いから、紙に書いてくれとか、スマホに打ってくれって頼んだことがあるんだが…。梓はさ、棘が自分からそれをしようとしない限り、それを促さないらしいんだ。そんで、棘が筆談で伝えようとすると、悔しそうな顔するんだって棘が言ってた」

狗巻くんと一緒にいるときの須藤さんの様子を思い浮かべる。まだ、数ヶ月しか一緒に過ごしていないけれど、何となく彼女は人とのコミュニケーションを取るのが、あまり得意ではなさそうな印象は持っていた。だけど、言われてみて思い返してみれば、狗巻くんが言っていることが理解できてないような様子は何度も見たことがあるけれど、真希さんやパンダくんに通訳をお願いするようなところは、確かに見たことない。

「そんな健気な姿に、コロッとやられちゃったみたいなんだよね」
「そうなんだ…」

“狗巻くんは、それを伝えるのが難しいと分かってても、それでも美味しそうな具材を使って何かを伝えようとしてくれてるから。だから、狗巻くんよりも先に、私が理解することを諦めちゃいけないと思うんだ”

そんなことを言われたら嬉しいに決まってる。

「先は長そうだけどな。方や簡単に"好きだ"と言葉にできない上に、それを筆談で伝えようとすれば梓は嫌がる。多分、それは棘も分かってるだろう。それに、梓が棘のこと、どう思ってるかは分からないしな」

うーん、どうしたものかとパンダくんは頭を抱えた。

「それから、梓は早くに両親を亡くしてるらしいぞ。あいつ、あんまり自分のことを話さねえから詳しくは知らねーけど、それから大分苦労してるんだとよ。呪力を持たない親戚の家をたらい回しにされて、虐げられてたらしい。そのせいか、他人から向けられる感情に鈍感で、自己評価がかなり低いんだ。愛とかそう言うの、1番分からないみたいだしな」
「そんな…」
「ま、こっちからしてみりゃ、いい加減心開いてくれってんだ!私なんて、唯一の同性だぞ!」

初めて聞いた彼女の過去に、胸が痛んだ。倒れる前の須藤さんの様子は、何かに怯えているようにも見えた。そして、あの人が言っていた言葉。

__歌沢家の死に損ない

彼女は、歌沢家というものに何か繋がりがあるのだろう。歌沢家が何なのかは、分からないけれど。

「とりあえず、今日のところは棘に任せるしかないな」

パンダくんの言葉に、僕らは頷いた。
須藤さんが、いつでも僕らを頼ることができるように、ドンと構えておこう。そうするくらいしかできないことが、歯痒いと思った。友人というものが作れなかった僕にとって、須藤さんは、ようやくできた大切な友人の1人なのに。それから、

__禪院家の落ちこぼれ

もう1つ気になることがあったんだけど、結局、その日は聞くことができなかった。





20201105
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