「アルテミスに行きたいっ!」

顔を合わせるなり、挨拶よりも先に言われた言葉がそれだ。
しばらく呆気に取られてぽかんとしていると、慌てて「あ、おはよう!忘れてた!」と付け加えられた。問題なのはそこではないのだが。

「…確認するけれど、それは選手として?」

名前はLBXを持っていない。正確に言えば、バトル専用のLBXは所持していない。名前の部屋には数えきれないほどのLBXがあるのだが、それらは研究用であり、戦わせるためのものではない。
LBX自体は好きであるが、LBXバトルはあまり好きではないのだ。幼い頃にはよくLBXバトルをしたのだが、毎回攻撃せずに逃げ続けるばかりで勝負にならなかった。LBXを傷つけることに抵抗があるらしい。それに気がついてからは、なるべく名前の前ではアンリミテッドで戦わないようにしていた。
先日行われたアングラビシダスも、アンリミテッドのみの大会だったので名前はいってらっしゃい、と見送るだけだったのだが。

「違うよ、観客としてだよ!エンペラーM2が実戦でどういう動きするのか、データ取りたいの」
「アルテミスはゼネラルレギュレーションだから、LBXが破壊されることもある」
「うぅ…それは、そうなんだけど…でも、見たいんだよ」

データ収集だけであったら、エンペラーM2のCPUをチェックすればいい。今までそう言ってきたのは名前自身だし、そこまでして実戦を見る必要があるのだろうか。
あー、うー、と名前はもごもごと口を動かしつつ、空中で手をばたばたと動かし落ち着かない様子だった。

「山野博士にねっ、データだけじゃなくて、実戦だとか、いろんなものを見たほうがいい、って教えてもらってね」

山野博士。
海道邸にしばらく滞在していた時に、研究者同士話が弾んでいたのを思い出す。山野博士と話していた時の名前は楽しそうで、それと同時に彼女が博士に亡き父親の影を重ねていたことも思い出されて、複雑な気持ちを胸に抱いた。別にそれが悪いというわけではないのだが、今傍にいる自分では不十分なのだろうかという不安に襲われてしまう。
どんなにLBXバトルが強くても、秒殺の皇帝という異名を得ても、13歳の少年であることに変わりはない。腕力や筋力では大の大人に勝つことはできない。こんなにちっぽけな自分では、やはり頼りないのだろうか。はやく、大人になりたい。そうすれば、様々な方面から名前を支えることができる。守ることができる。自分の無力さに苛立ちを感じ、手をきつく、爪が食い込むほど握りしめる。

「それとね…、ジンくんがバトルするとこ、見たいんだ」
「…僕が?」

名前の予想外の言葉に、思わず気が抜けてしまう。まさかそんな事を言うとは思わなかったから。いつもいつも、LBXの事ばかり優先させていたあの名前が。

「そ、そんなにおかしいかな」
「いや…」
「私もね、成長しなきゃなって思ってるんだよ…!LBX壊れるのを見るのが嫌だからって目を背けちゃいけないって、ちゃんとジンくんが一生懸命戦ってるとこも見なきゃって思って…」

まだアンリミテッドは怖いけど、と付け足しつつ、両腕を必死にばたばたさせながら説明しようとする名前の姿がどこかおかしくて、思わず笑ってしまう。笑わないでよ、とまた必死になる様子は愛おしく感じた。そっと手のひらを頭の上に乗せると、名前は両腕の動きを制止させ、おとなしくなる。

「…私、なんか妹扱いだよね」
「不満そうだな」
「ジンくんのおねーさんっていう心構えでいたいんだけど」
「方向音痴が良くなったら検討しておくよ…アルテミスの会場まで迷わないといいね」
「うっ…お願いします、一緒に連れて行ってください…」

アルテミス開催日まで、もう少し。

20110723

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