自室に戻ると、部屋の住人ではない人物がそこに居た。すやすやと寝息をたてて、無防備にソファに横たわっている。 その様子がまるで猫みたいに見えて、思わず笑ってしまう。毛布を手に取り、そっとかけてやる。また徹夜で研究でもしていたのだろうか。 前髪が少しばかり目に入りそうになっていたのを避けてやり、そのままそっと髪を撫で上げる。くしゃくしゃとした、柔らかいさわり心地だ。 もし、妹がいたらこんな感じなのだろうか。危なっかしくて、目が離せなくて。くるくると表情が変わって、ふとした瞬間に真面目になる。 もう何年も一緒にいるから、すっかり家族のような心持ちでいるのだけれど、彼女はどう思っているのだろう。当人はそんなこととよりもLBXの方に夢中そうだが。 「…ん、ジンくん?」 「おはよう、名前」 「うー…おはよ…もしかして、私寝てた…?」 「あぁ。…徹夜も程々にしないと、身体に悪い」 「ん、わかってるんだけどね…山野博士が教えてくれた本が面白くって、つい」 あはは、と無邪気に笑う名前の発した、『山野博士』という言葉に身体が無意識に反応しかけた。 先日、山野博士の息子である山野バンを筆頭に、シーカーのメンバーがこの屋敷に侵入してきたのだ。 結果として、プラチナカプセルを奪還することもできず、さらに山野博士の行方も知れずということになってしまった。相当な爆発が起きて、屋敷内は混乱だったのだ。しょうがないといえば、そこまでだろう。 その騒ぎの中、名前は相変わらず部屋に篭っていたようで、何かいろいろあったんだね、と笑って何も聞いてこなかった。 いや、本当は聞きたいのかもしれない。疑問はたくさん浮かんでいるのだろう。けれども、自ら聞こうとはしない。距離感を図っているのだろう。 できることなら、名前には何も知らずに、ただ自由気侭にLBXの研究や改良をしていてほしかった。無邪気に笑っていてほしかった。けれども、そうはいかない。海道邸に居る限り、これから何にも巻き込まれずにいるというのは難しい。 現に、知らず知らずのうちにシーカーの関係者とも接触してしまった。お気に入りの喫茶店ができた、と嬉しそうに通っていた場所は地下にアングラビシダスの会場があったブルーキャッツだったし、帰り道で迷子になるといけないから、とジンが迎えに行ったらバンくんたちと運悪く遭遇していしまい、店を追い出される形で去ることになってしまった。その時の名前の悲しそうな顔は、まだ記憶に新しい。 その時も、爆発騒動の時も、聞こうと思えば聞くことはできるだろうに。それでも名前は何も聞かずに、ただ笑っているだけだった。 そんな名前の態度に甘えて、何も言わないのは正直あまりいいことではないだろう。何も知らないでいるよりかは、ある程度知識が合った方がもし何かに巻き込まれても対処しやすい。けれど。イノベーターの存在を、名前が知ったらどう思うのか。 もし、知ったことによって、今まで通りに笑ってくれなくなったら。それが、怖い。 名前が傍を離れることは、おそらく無いだろうという自信がある。でも、傍でずっと微笑んでくれるかどうかの自信は、無い。 まるでお気に入りのおもちゃを取られたくなくて必死な子どものようだ、と自分の葛藤に嫌気がする。 考えに気を取られていたら、くい、と服の袖を名前に引っ張られた。 「ね、ジンくん」 「…どうした?」 「義光さまは、みんなが笑顔で幸せな世界を創るために頑張ってるんだよね」 「……あぁ」 以前なら、はっきりそうだと言えたかもしれない。 でも、バンくんとおじい様の会話を盗み聞いて。オプティマの認可をしないのは、金のなる木を手放したくないからと聞いて。 他にも、疑問を抱く話がいくつか耳に入ってはいた。でも、おじい様は理想の世界のために身を粉にして努力しているのだ。誰よりもジン自身が信じないといけない。 「わ、ジンくん?どうしたの?」 「すまない…しばらく、こうさせてくれないか」 そっと、名前を抱き寄せ、肩口に顔を埋める。髪の毛が首筋に当たってくすぐったいのか、ふふ、と笑い声が聞こえた。 ジンくんは甘えんぼさんだなー、とどこか嬉しそうな名前の声が耳に響く。柔らかなその声は、耳に優しい。 そうだ。おじい様の描く理想の世界は、きっと、暖かく、優しいものなのだから。そのためにも、できることをしなくてはならない。 「僕は、アルテミスでバンくんを…アキレスを倒して、優勝しなければならない」 「うん、わかった」 「また、エンペラーM2の調整を頼んでもいいか」 「もちろんだよ、全力で頑張っちゃうから期待しててね」 彼女が笑顔でいられる世界を守るためにも。 20110718 ストルゲー:家族愛 現段階ではまだ家族愛 | |