熱い。暗い。怖い。
何が起こっているのかよくわからなくて、でもとにかく怖いということだけは確実で。
頬を伝う涙が生暖かい、気持ち悪い。誰かの体温なのか、それとも別の何かなのか、よくわからないものが身体にまとわりついてくる。
耳には大きな爆発音のようなものしか入ってこなくて、もう、このまま。消えてしまうのではないのか。
そんな恐怖に襲われた。

目が覚めるといつもの見慣れた天井で、今さっきまで見ていた恐怖の塊のようなものは夢であったことに気がつく。
全身にじんわりと汗をかいていた。パジャマが肌に貼りつく。頬に手をあて、自分が今ちゃんとここに居ることに安心をする。

「…久しぶりに悪夢見た、かも」

おそらく悪夢の原因は、寝る前に降りだした雷雨の所為だろう。
何年か前からそうなのだ。雷、というよりかは大きな音がトラウマになっているのかもしれない。
そっと、窓の前へと近づき、カーテンを開く。まだ雨は降り止まない。空はたまに光っては、ゴロゴロと重たい音を鳴らす。
耳を塞ぎ、しゃがみ込む。やだ。やだ。こわい。早く朝になってくれないものだろうか。
額に汗が、目尻に涙が滲んできたとほぼ同時に、コンコン、とノックの音が聞こえてきた。
こんな夜中に、一体誰が。疑問に思いつつも、ドアの向こう側へと向けて声を発する。

「どうぞ…?」
「…大丈夫かい」

そこに居たのは、ジンくんだった。
寝間着姿で、片手にマグカップを持っている。すこしばかり湯気を纏っているそれは、ホットココアのようだった。
首を傾げたままでジンくんを見つめていると、ゆっくりとこちらへ足を進めてくる。
そして、名前の頭の上に軽く、ぽん、と手を乗せ、ぎこちなく、でも優しく撫でてくれた。

「名前はいつもそうだ」
「え?」
「大きな音、苦手だろう」
「…うん」
「眠れないんだろう」
「うん」
「傍にいるから」
「え」
「名前が落ち着くまで、傍にいるから」

ジンくんは持っていたホットココアを名前に押し付けるように渡し、しゃがみこんでいた窓の前からベッドの所まで手を握って誘導してくれた。
ベッドをソファー替わりにするようにして、2人で腰掛け、名前がココアを飲む間、ずっと隣に居てくれた。
ココアを飲み終わった後、なんとなく無言でいた間も、ずっと名前の手を握ってくれた。
手のひらから伝わるジンくんの体温はじんわりと温かくて、夢の中で感じた気持ち悪さは薄れていきそうだ。

「…ジンくんは、」
「何だ」
「大きな音とか、平気なの?」
「平気と言えば嘘になる」
「やっぱり、怖い?」
「少し…でも、ここに居れば大丈夫だ」
「…そっか、そうだよね」

ここには義光さまもいるし、ジンくんもいるし、じいやさんだっている。
ひとりじゃないのだ。みんな、いるのだ。
だから、大丈夫。
そう考えると、安心できる気がした。

「ありがと、ジンくん。もう大丈夫」
「そうか」

ジンくんは立ち上がり、ベッドサイドに置かれていた空のマグカップを手に取ると、ドアの方へと歩き出した。
ドアの前で一度名前の方を振り返り、ほんの少しだけ口角を上げ、

「いい夢を」

そう言い残して、去っていった。
うん、大丈夫。今日はきっと、もう悪夢なんて見ない。
ジンくんの魔法の言葉があるから、きっと平気だ。
くすぐったいような、暖かいような気持ちに包まれて、ベッドの中へと潜り込んだ。

20110710


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