ジンくんの考えていることは、なんとなく感じ取れるけれど、それでも半分くらいしかわからない。
あまり表情豊かな方ではないことと、ジンくん本人があまり感情を表に出さないようにしているから、というのがあると思う。
海道義光の孫として恥じない言動をしなけれなならなかったし、敵を無闇に増やしたり隙に漬け込まれることは愚か者のすることだから。
名前が海道邸にやって来たばかりの頃は、まだよく笑ってよく泣く普通の男の子だったはずなのだけれど、この9年の間ですっかりジンくんは本心を隠すことを身に付けてしまった。
それでもまだ名前の前では、歳相応の感情の起伏を見せたりするのだけれど。それも他人が見たらわずかなものなので、気がつける人は少ないだろう。

そう。
そのジンくんの、些細な拒絶の反応を感じてしまって。
最初は気のせいだと思っていた。手が触れたときに静電気で痛い思いをしたのかもしれない、手に汗をかいていたからそれが気持ち悪かったのかもしれない。
でも、それは段々確信に変わってしまった。
以前はもう少し手を繋いで一緒に歩いたり、ジンくんの部屋でお互いに寄りかかりながら本を読んだり、一緒に寝たり。
仲の良い兄弟のようにひっついていることが多かったのだけれど、最近は目に見えて減っていた。
部屋に遊びに行ってソファーに腰掛けても、クッションふたつぶんの距離がある。
ジンくんのベッドに寝転がって、そのまま寝てしまった時、以前なら気がつくと肩まで掛け布団が掛かっていて、さらに隣にはジンくんが居て、ということが当たり前だったのに。
この間は、隣にジンくんのぬくもりは無くて、ソファーの上で毛布に包まって寝ている姿が目に入った。

隣に居て欲しい、と確かにジンくんは言ってくれたけれども。
それは結局、LBXメンテナンスをするのに名前が居たほうが好都合だから、とかそんな利己的な目的なのではないかと思い始めた。
別に、それでもいいのだけれど。ジンくんが必要としてくれるのであれば、そこに名前の居場所ができるということだから。
元々、研究者とそのスポンサーの家の子どもという間柄なのだから、今まで家族のように仲良く接してくれたことの方がおかしな話なのだ。
ジンくんの隣に居ることができる、それで充分じゃないか。
そう考えることは、つまり結局のところジンくんも「研究者」としてしか名前を見ていなかった、ということで。
普通の女の子の苗字名前としては、もう見てもらえないのだろうか。
わがままなのかもしれない。高望みしすぎなのかもしれない。
でも、やっぱりジンくんの前では「普通の女の子」として居たい時もあるのだ。そこだけが、唯一気を抜くことのできるプライベートな場所だったから。

「名前」
「…ジンくん?」

クッションに顔を埋めて考え事をしていたら、心配そうなジンくんの声色が耳に入る。顔をあげると、そこには声色の通りの表情を浮かべたジンくんが居た。
困ったことに、拒絶されているのは、一部分だけなのだ。
触れたり、傍にいること以外は今まで通りで、何も変わらない。こうして心配して声をかけてくれる。優しそうな表情を浮かべてくれる。
それが逆につらかった。どうせなら、はっきりと突き放してほしい。そうすればまだ諦めもつくのに。割り切れるのに。

「体調が悪そうに見えた…、大丈夫か?」
「…ジンくんの所為だ」
「え?」
「ジンくんが、ジンくんが悪いんだよ!」

ジンくんの優しさに触れて、今まで溜め込んでいたものが爆発する。
身勝手だと自分でも思った。むしろジンくんは何も悪くなくて、これじゃあ自分の思い通りにならないからと喚いているだけの小さな子どものようだった。
いっそのこと、こんなわがままな子どもは見捨ててくれればいいのに。
お前みたいな面倒くさい奴の相手はもう嫌だ、と言ってくれれば。無理に優しくしないでいいのに。

「私のこと、嫌いなんでしょ?傍にいるの、本当は嫌なんじゃないの?」
「名前、いきなり何を…」
「だって、ここのところ変に私を避けてるし…、嫌なら突き放してくれていいんだよ、無理しなくていいの、むしろ変に優しくしないでよ…」

途中から涙声で、自分でもうまく聞き取れないほどの変な声になってしまった。
きっとジンくんもこんな面倒くさい女に愛想が尽きただろう。涙が目からこぼれ落ちないように、必死に歯を食いしばった。泣くのは卑怯だと、なんとなく思ったからだ。泣くことはジンくんを悪者にして、自分を可哀想な子と演出するように思えたから。

「…違う!」

大きなその声に、びくりと身体が揺れる。涙は勢いで引っ込んでしまった。
ジンくんが声を荒げることは珍しいことだから、聞く機会も少ない。まばたきするのも忘れて、ジンくんの方を見つめていると、ゆっくりと、言葉を慎重に選ぶように話し始める。

「違うんだ…、確かに、名前のことを変に避けていた。これは事実だ。でも、決して名前のことを嫌いになったとか、そういう訳ではない…むしろ、逆だ」

逆。
ジンくんの言葉の意味を上手に飲み込むことができない。
嫌いの反対は、好き。好きだから、避ける?どういうことだろう。

「…僕は、名前のことが好きだ」
「わ、私も…、ジンくんのこと、好きだよ」
「名前の好きと、僕の好きは違う」
「好きって事実に、違うも何もあるの?」
「僕は、名前のことをひとりの女性として…、恋愛対象として、好きなんだ」

恋愛対象としての、好き。
それと、名前がジンくんのことを思う「好き」の違いがよくわからない。
ただ隣に居たくて、ずっと一緒に居たくて、その感情は「好き」という気持ち以外で表すことはできなくて。

「よく…わからないよ…、好きって、一緒に居たいとか、そういうことなんじゃないの?」
「…確かめてみようか」
「どうやって?」

ジンくんの提案の仕方は、ふたつの「好き」の違いを確かめる方法があると言っているようなもので。
その具体的な中身を知りたかったのだけれど、返答は返って来ない。その代わりに、ジンくんはゆっくりと間合いを詰めつつこちらに近付いてくる。

「…ジンくん?」

話をするにしては、やけに距離が近いことに気がつく。
隣で話をすることも多かったけれど、それでもここまで近付いたことは無い。
ジンくんの切れ長の目がやけに大きく見えて、まつげが意外と長いことに気がつく。
距離はまだまだ縮まっていき、鼻と鼻がぶつかりそうだな、と思ったところではっとした。
頬にはジンくんの手が添えられている。それがやけに熱く感じた。
鼻と鼻、なんてものじゃなく。あと少しで互いの唇が触れる、というところで、怖くなった。

「やだっ…!」

ジンくんの胸を、手で強く押し戻す。
トン、と一歩下がったジンくんは、そっと名前の頬に添えていた手を離した。
さっきまで目の前にあったジンくんの表情は見たことがないもので、そこに居るのは、ジンくんではなくて、知らない男の人のように思えた。
優しくて、一緒に居たいと、隣に居たいと思えたジンくんではない。
そっと、頭に手を乗せられた。一瞬だけ緊張してしまう。でも、頭を撫でてくれるその手つきはいつものジンくんで、なんだか頭の中がぐるぐると回り始めた。

「怖がらせて、すまなかった」
「………」
「やっぱり、名前の好き、と僕の好きは違っただろう?」
「…うん」
「今までよりも、もっと名前に触れたいと思う。でも、それはきっと名前が望まないことだから」

だから、その欲を抑えるために変に避けてしまった、らしい。
これからは気をつける、と言ってくれたけれども。
ジンくんのことを拒絶してしまったら、ジンくんが隣から居なくなるような、そんな不安に襲われた。

「完全に、今まで通り、家族ではいられないと思う。僕は、名前が好きだから」
「私も…ジンくんと同じになったら、そうしたらジンくんと一緒にいられる?」
「名前」
「…はい」
「無理は、しなくていい。これは僕が勝手に抱いた感情なんだから。変わるとしても、ゆっくりでいい」

いつか、名前の中の「好き」が家族愛から恋情へと変化するまで、それまでずっと待っているから。
ずっと、ずっと隣に居るから。
家族愛から変わることがなくても、それでも構わないから。
だから、名前は名前のままで、無理せずに居て欲しい。
優しく頭を撫でながら言ってくれたジンくんの言葉は、じわりじわりと胸の中へと沁みていく。
その言動とは裏腹に、どこか苦しそうな、悲しそうな表情を浮かべるジンくんを見ることがつらかった。
すまない、と謝るジンくんは何も悪くないのに。

20110920


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