窓越しに見上げた空はうっすらと雲で覆われていて、せっかくカーテンを開けたのに日光が入ってこなかった。
それでも壁側に置いておくよりかは意味があるだろう、と花瓶を窓側に移動させる。
オレンジ色のガーベラが中心となっていたそれはとても華やかに見える。花言葉とかはよく知らないけれど、見た目が鮮やかで元気が出そうだったから選んだ。
最も、一番見て欲しい人はベッドの上で目を瞑ったままだから、その瞳にオレンジ色は映らない。

「…ユウヤくん」

呼びかけても返事は無い。
微かに聞こえる呼吸音だけが、彼が今生きているという証拠だった。
極度の精神的ストレスによる、意識不明。いつ目覚めるのかは、誰にもわからない。
ユウヤくんの横顔はひたすら穏やかで、つい先日アルテミスであんな状態になっただなんて信じられなかった。
目覚めてもつらいだけなのであれば、このまま眠りについていた方が幸せなのかもしれない。
がら、とドアの開く音がした。誰なのかは大体想像がつく。この病室に来るのは、自分の他にはもう1人しか居ないから。

「ジンくん、おかえり」
「ただいま。…容態を聞いてきたけれど、相変わらずだそうだ」
「そっか…」

雲はますます体積を増やしていって、窓からわずかに射し込んでいた光もほぼ消えてしまった。
たかが数日で容態が回復するのであれば苦労はしないだろう。それだけ、CCMスーツの力は強大だったのだ。
いや、CCMスーツだけだったら昏睡状態にはならなかったかもしれない。ユウヤくんには以前から非人道的な実験が強いられていた。それを拒絶することもなく、ただ淡々とこなしてきた結果が、今だ。
拒絶するなんて考えは最初から頭に無かったのかもしれない。実験体となることが、彼の存在理由だったとしたら。
ジンくんがゆっくりとこちら側へ近づいてきて、窓を開けた。ほんの少し冷たい風が部屋の中へ入り込む。
ひやりとした空気が頬に触れ、気持ちが良かった。

「あまり考えすぎるのも良くない」
「でも、やっぱり考えちゃうよ…」

ユウヤくんのお見舞いに行こうと言い出したのはどちらでもなかった。
ジンくんには特に何も言わずに、そっと病院へ足を運んだら病室にジンくんが居たのだ。
どうしてここに、と思ったけれど。よくよく考えてみれば、ジンくんも名前もユウヤくんとは過去に会ったことがあった。
同じ病院で、ほんの少しだけ同じ時間を過ごして。根っこの部分で、どこか繋がっているような、そんな気がするのだ。
もし、もしも歯車がちょっとだけ違う方向へずれていたら、今ベッドで寝ているのはジンくんだったかもしれないし、名前だったかもしれない。
どうしても、他人ごととは思えなくて。だからかどうかはわからないけれど、つい病室へと足を運んでしまう。
もしかしたら明日、明後日、明明後日に目を覚ますかもしれない。そうしたら、話をしたい。
何が話したいのか、何を話すべきなのかは全く出てこないのだけれど。
ジンくんも思うことは同じだったみたいで、ここのところずっと一緒にお見舞いに来ている。

「…ひとりは嫌だと、言っていたんだ」

ぽつりとジンくんが漏らした言葉に主語は無かったけれど、誰を指しているのはか想像がつく。
アルテミスの決勝でユウヤくんが暴走した時に、聞こえたらしい。
その言葉がひどく頭から離れなくて、ずっと考えていた。

「目覚めた時に、またひとりだったら…それは、つらいだろうから」

だから、なるべく病室に来て、様子を見て。
ひとりでいることのつらさは、誰よりも知っているジンくんだからこその優しさで。

「…みんなで、一緒に居たいね」
「そうだな」
「家族に…、なれたらいいね」
「……ああ」

自分たちがそうなれたように、と意味を込めて口にしたのだけれど。
一瞬だけ、ジンくんの表情が強張って見えたのは気のせいだったのだろうか。

「そろそろ面会時間が終わるから、帰ろう」
「うん」

椅子から立ち上がり、ジンくんの隣に移動する。歩き出したジンくんと一瞬手がぶつかり合った。
その時、明らかにジンくんの手が硬直して。まるでそれは拒絶を示しているかのように思えた。
窓越しの雲は厚さを増していって、今にも雨が降りそうだ。
それがやけに泣きそうな自分の心情と被って見えて、だからそっとカーテンを閉めた。

20110920

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