TO社からの帰り道。 名前が隣に居てくれるということが、純粋に嬉しかった。 「私、またジンくんの隣に居て、いいんだよね?ジンくんのLBXに関わって、いいんだよね?」 「ああ…、もちろん」 「良かった、今まで通りだよね!」 腕から伝わる名前の温もりに、どきりとした。何気ない、今まで通りのその行動だけれど。 名前への気持ちに気がついた今では、鼓動を抑えるのに必死だった。 きっと、自分が今抱いてる気持ちと、名前が自分に抱いている気持ちは違う。 「……ああ」 ワンテンポ遅れた返事の違和感に気づかれることなく、ゆったりと足を進めた。 横にいる名前が、今までとは違って見えた気がした。妹のような、そんな目で見ていたはずなのに。 *** 海道邸にもどった後、なんとなくそのままの流れで一緒に自室に戻り、今までと同じように過ごす。 プロトゼノンがどのような機体なのか詳しく見たい、と言う名前にプロトゼノンを手渡し、自分はその間読書に集中することにした。別に名前の作業を一緒に見ていてもよかったのだけれど、名前の隣に居るとなんだか落ち着かなくて、心臓が自分のもので無いみたいで、勝手に早鐘を打つ。そんな状態が続くのはちょっと苦しかったので、ほんの少しだけ距離を置かせてもらった。 読んでいた本のページが進み、しばらく時間が経ってから、何気なく名前の居る方へ視線をやると、丸まって寝ているようだった。 仕方ない、とため息をつきつつ、毛布を持って傍に寄る。色々なことがあったから疲れているのだろう。退院したとはいえ、まだ完全に調子が戻ったというわけでもないのだから仕方ない。 すやすやと寝息をたてる名前の髪を優しく撫でてやると、うー、と小さな声が聞こえる。毛布に包まって縮こまるその姿が、猫のような小動物に見えて、思わず笑みが溢れる。 頭を撫でつけていたその手を顔へと降ろしていき、柔らかな頬にそっと触れると、その温かさに思わず息を飲んだ。 ふと、魔が差した、とでも言うのだろうか。 気がつけば、名前の顔をまじまじと覗き込んでいて、あと少しで、その小さな唇に触れるのではないかという距離まで詰めていた。 はっ、と我に返る。 自分は今、何をしようとしていたのだろうか。嫌悪感が全身を包み込む。 名前が好きだ、という気持ちに気がついてから、異性として見るようになってしまったけれど。相手の合意も無しに、寝込みを襲うようなマネは、決してしてはいけないことだ。 ましてや、名前は自分のことを家族と認識しているだろうに。最低だ。 『今まで通りだよね!』 無邪気に笑いながら言っていた名前の言葉が、重苦しくのしかかってくる。 それはきっと、もう無理なことだ。 今まで通りに、家族のように接してくる名前と一緒に居ることが、辛く思えた。 気づかなければよかったのかもしれない。この気持ちに。きつく、きつく蓋をして、見なかったことにできないだろうか。 異性に対してこんな感情を抱いたのは、名前が初めてだったから。どうしたらいいのか、わからなかった。 触れたい、と思うけれど。そこに邪な気持ちが見え隠れしているようで、それが名前を汚してしまうのではないかと不安になる。いつから自分はこんなにも汚くなってしまったのだろう。 「ん…ジンくん?」 ぼんやりと、まだ眠気まなこだけれどもうっすらと覚醒し始めた名前の反応に、一瞬身体が強張る。 慌てて、頬に触れていた手を離した。今、自分がしようとしたことに気づかれていないだろうか。ひやりと、背中を汗が伝うのを感じた。 「私、寝ちゃってた?」 「…ああ、疲れていたのだろう」 「ん、ごめんね、毛布かけてくれてありがとう」 「いや、気にしなくていい」 駄目だ。 胸の鼓動は、落ち着くどころか、勢いを増していく。 目の前にいる名前が、きれいな「オンナノヒト」にしか見えなかった。 家族で居ることのできた少年期は終わりを告げてしまったのだ。もう、戻ることはできない。 誰かを、愛しいと思うことがこんなにも苦しいのであれば。愛なんて、知りたくなかった。 傍に居たいのに、居るとつらい。この矛盾した気持ちは、どうすれば。 ただ、ひたすらに『家族』という仮面を塗り固めて誤魔化す以外の方法しか、わからない。 20110913 | |