イノベーター研究所で、灰原ユウヤに関する資料を調べた。
調べていくうちに、非人道的な実験の被験体となっていたことがはっきりとわかり、胸が痛む。
ふと、頭の中に名前が思い浮かぶ。
彼女もトキオブリッジ崩壊事故の被害者で、更には身寄りも居なくなっていたわけだから、灰原ユウヤのようになってもおかしくはなかった。
灰原ユウヤに対しても、こんなにも胸が痛むのだから、もし、名前がこんな状態になっていたとしたら。
きつく、唇を噛み締める。
これ以上、名前に関わってほしくなくて。もう関わるな、と突き放してしまったけれど、今になって心配になってきた。
時間にしてみれば1日経ったかどうかなのだけれど、そんなに長い時間名前と離れたことは今までなかったから。
おじい様は名前の能力を認めてはいるから、そんなにすぐには邪険にしたりはしないと思うけれど。
それでも、今自分の傍にいるよりかは危険な目に合わないのではないかと思う。
集めたデータをCCMに送信して、部屋を離れる。
館内がざわついていることに違和感を感じつつも、足を進めた。

***

おそらくイノベーターに反すること決めたのだろう。それを止めることはできないし、むしろ自分も疑問を感じ始めていた。
だから、閉じ込められていた八神さんを開放した。そういえば、と先程送信したデータを確認する。
データは大量にあったから、気になるものだけをピックアップして見ていた。見落としていたデータを眺めていたら、タイニーオービット、という文字列がふと目に留まる。
作戦指示なのかはよくわからないけれど、その文書によればTO社にリニアモーターカーを激突させ、混乱に乗じてプラチナカプセルを強奪する、と載っていた。
TO社は大規模な会社だし、周辺の施設に居る人も考えたら被害は尋常ではないだろう。
プラチナカプセルを手に入れるためなら、手段は問わないようだ。これも、おじい様の考えなのだとしたら。
ふと、CCMが震え、メールを受信したことを知らせる。送信者はじいやだった。

『ジンぼっちゃま、どちらにいらっしゃいますか。姿が見えない、と名前さまが心配しておりました。名前さまはTO社に行かれると仰っていたので、お時間がありましたら顔を見せに行かれてはいかがでしょうか』

じいやは心配性なところがあるから、こうしてメールをたまによこす。
名前と顔を合わせないようにしていたのはわざとなのだけれど、それをじいやが知っているはずなかった。
それよりも。
メールを2、3回読み返す。名前はどこに行った、と書かれていた?
先程の文書が頭にちらつく。データを呼び出し、一番上に書かれていたタイムスタンプを確認すると、1時間ほど前の時刻が記載されていた。
どうして、このタイミングで。
まさか、おじい様は、名前を。嫌な汗が、背中を伝うのを感じた。
走り出しながら、じいやに電話をし、戦闘機を出させるように命令する。
守りたい、と思ったから突き放したのに。その所為でより危険な目に合わせてしまったら、意味がない。
もう二度と、無くしたくないのだ。

『ジンくんっ』

名前の笑顔が、頭の中で再生される。
その他にも、拗ねた顔、泣きそうな顔、怒った顔、色々な表情が浮かんでは消えていく。
もう、名前と逢えなくなるのは嫌だった。
自分で突き放しておいて、馬鹿な話だ。
それでも、名前は、自分の中で大切な存在なのだ。家族、と一言で表すのは難しいくらい、大切な。

『ジンくん、一緒に遊ぼう』

あの海道邸の中で、唯一自分のことを「海道ジン」ではなく、ただの「ジン」として見てくれる、そんな名前の存在が救いだった。
辛いこと、苦しいことがあっても、隣で名前が笑ってくれるのであれば乗り越えられた。
名前が悲しんでいたら、力になりたいと全力で願った。
そんな名前が、居なくなるなんて、考えられない、考えたくもない。
そんなの、絶対許さない。

じいやの操縦する戦闘機に乗り込み、TO社を目指した。
もう、手遅れでないことを願って。

***

到着した時には、リニアモーターカーはすでに暴走していて、赤の部隊が待機しているのが確認できた。
名前に連絡を取ってみたけれど、留守番電話に繋がるだけだ。
おそらく、先程先頭車両でバンくんがマスターコマンドと戦い、リニアを止めようと奮闘しているのだろう。
CCMをぎゅっと握りしめ、深呼吸をする。

「…止めてみせる」

無駄な血を流さないためにも、名前のためにも。
プロトゼノンを起動させ、リニアを全力で止めにかかった。
それからはあっという間で、おじい様を止めたい、という言葉をバンくんが信じてくれたことに安心し、その場を後にした。
TO社の中に入り、名前の姿を探す。とっくに避難をしていて、もしかしたら社内には居ないかもしれないけれど、それでも探さずにはいられなかった。
数メートル先に、見慣れた後ろ姿を発見する。間違えるはずがない、ずっと一緒だったのだから。

「…名前!」

自分で思ったよりも、大きな声が出てしまう。
一瞬肩をびくりと震わせた名前は、恐る恐るといった様子でこちらへと振り返る。
目を大きく見開いて、どうして、といった表情を浮かべていた。
そんな名前に近づいて行き、抱きしめる。唐突すぎる行動だと、自分でも思った。

「ジ、ジンくん…!?どうしたの…、ちょっと、苦しいよ…」
「名前が、…名前が無事で、良かった…」
「ジンくん…」

名前の声が、少し涙声に聞こえたような気がした。
たった1日、離れていただけなのに。とても、懐かしいような気がする。
名前の声、温もり、柔らかさ。
ジンの胸に顔を埋めるかたちになっていた名前が顔を上げた。目にうっすら涙が滲んで、その表情にどきりとする。
その胸の鼓動は、そう、初めて名前に会ったときにも感じたと思う。
ああ、そうか。大事なことに、今気がついた。
何よりも大切で、かけがえなくて、守りたい。そして、隣に居て欲しい。
この感情は、恋なのだと。

20110908

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