馬鹿だ。
気がつけなかった自分は、本当に馬鹿だ。
ジンくんとの繋がりは擬似的な家族愛だから、いつか終わりがくるかもしれない。
そう、わかっていたはずなのに。心のどこかで、無意識に「ずっと一緒」だなんて錯覚していた。
そんな約束を、どこかでしたような、そんな気になっていたのだ。

重いまぶたをうっすらと開くと、見慣れない天井がそこにあった。
なんだか身体が若干だるい。気だるさをふりきように、ゆっくりと上半身を起こす。
結構な時間横になっていたようで、ぐらりとめまいがした。
ふらつく足にしっかりしろ、と喝を入れながら立ち上がる。日がすっかり暮れて、辺りは暗いから様子がよくわからないけど、ここは病院のようだ。
お手洗いに行って、顔でも洗おうと、ゆっくり足を進める。どこの病院も大抵造りは同じだろうから、廊下を進んでいけば着くだろう。
しばらく進んだ先で、ドアが半開きになっている病室が目に入った。
そっと、ドアを閉めるつもりで近づいたのだけれど。掛かっているプレートに書かれている文字を見て、どきり、とした。

『灰原ユウヤ』

アルテミスの決勝で、異変を起こして、最終的に病院へ輸送されることになった、あの少年。
CCMスーツの実験体となってしまった彼が、ここに、いる。
ごくり、と唾を飲み込んで、そっと病室へ足を踏み入れた。見るだけ。様子をちょっとだけ、見て、そうしたらすぐに出ていくから。
暗い室内で、目を凝らして様子を伺う。苦しそうな状態には見えない。点滴が繋がれてはいるけれど、そんなに体調が悪そうには見えない。顔色がよくわからないから、はっきりとは言えないけれど。
少しだけ、安心した。もし、命を落としてしまっていたら。想像しただけで、胸が苦しくなる。
一歩間違えば、今この場所で意識を失っているのは名前だったかもしれないし、ジンくんだったかもしれない。
灰原ユウヤだからよかった、というわけではないけれど。
義光さまは、何も思わなかったのだろうか。加納さんのCCMスーツの実験について。灰原ユウヤの扱いについて。
みんなが笑顔で、幸せな世界。
その、「みんな」はどこからどこまでで、「幸せ」の定義はなんなのだろう。
考え始めたら、ぐるぐると頭の中を回り始めて止まらない。自分は、どうすればいいのだろうか。

「…こんなところに居たのか」

考え事に気を取られていたら、すぐ後ろに誰かが立っていることに気が付きもしなかった。
少し息を切らしたジンくんがそこに立っていて、どうして、と思っていたら顔に出ていたのか、ジンくんが説明してくれる。

「名前の病室へ様子を見に行ったら誰も居なかったから…、どこに行ったのか探していたんだ」
「あっ…ごめんね、さっき目が覚めて、お手洗いに行こうと思ってたんだけど…」
「とても…心配した…」
「…ごめんね」

数歩歩いてきて、距離が縮まる。
手に温かなぬくもりを感じ、そちらに目をやるとジンくんの手が名前の手のひらを包み込んでいた。
かすかに、だけれども、ジンくんの手が震えているような、そんな気がした。

「灰原ユウヤは、極度の精神的ストレスでいつ目を覚ますかわからない状態だと言われた…名前も、そうなるんじゃないかと…、ずっと、不安だった」
「ジンくん…」
「本当に、ずっと、心配していたんだ」

普段あまり感情の昂ぶりを見せることのないジンくんが、声を荒げている。
ぐい、と手を引かれ、そのままジンくんの胸に顔を埋める形になった。たぶん、表情を見られたくないのだろう。
しばらく、そのままの状態が続く。少し、息苦しいなと思ってもぞもぞと頭を動かすと、ジンくんも慌てて手を離してくれた。
そのまま、灰原ユウヤの病室に居るわけにはいかないので、ひとまず名前の病室に戻ることになる。
廊下を歩いている最中も、ジンくんの手は繋がれたままで。何気ない、そのいつも通りのことが嬉しかった。
ジンくんが、自分のことを心配してくれた。自分のことを心配してくれる人がいるということは、それだけであたたかな気持ちになれる。
病室に戻り、とりあえずベッドの上に腰掛ける。ジンくんは、傍にあった簡易な椅子に座っていた。

「…名前に、話がある」
「…何かな」

口を開いたジンくんは、さっきとは違う、何だか重苦しい雰囲気をまとっていた。
こういう表情のジンくんは、今までに見たことはない。どんな話をされるのか。緊張で、喉が乾いた。

「もう、僕のLBXに関わらないで欲しい」

ジンくんの言葉を、きちんとした意味を持った文章として受け入れることができなかった。
今、彼は。何を言ったのだろうか。
関わるな、と。名前に、LBXに、関わるなと、間違いでなければ確かに、そう言った。
天と地がひっくり返ったような、どう言ったらいいのかわからないほどの混乱に陥る。
ジンくんとは、小さい頃からずっと一緒に暮らしていて、でも家族ではなくて、LBX研究者と、そのスポンサーの家の子ども、という関係性であって。
もう、自分のLBXに関わるな、と言われてしまえば、それ以上名前がジンくんの傍に居る理由が無くなるということであって。

「…エンペラーM2の、代わりは、どうするの?」
「新しいLBXの目星はすでにつけている。…もう一度言う。名前には、関わらないで欲しい」

掠れる声を搾り出して聞いた質問にすぐ応えが返ってくることが辛かった。
ああ、本当に、自分はもう必要無いのだ。
ただ呆然としていることしかできなかった。

「…もう夜も遅いから、僕はこれで失礼するよ。おやすみ、名前」

ジンくんのその言葉に反応することもできずに、ドアが閉まる音だけがやけに耳にこびりついて離れなかった。

20110901

題名訳:神はこれらに終焉を与えることでしょう。

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