アルテミス決勝で、決着が付いたと思ったら。
勝手にエンペラーM2が動き、アキレスを巻き込んで自爆した。
今まで一緒に戦ってきた友人をなくしたショックは大きかったけれど、それと同時に大きな不安が頭の中に浮かぶ。
そのうちに会場の照明が消え、会場全体がざわざわとし始めて。

本当に何も知らなかった。
けれど、自分の仕業だろうと問い詰められて、信じてもらえなくて。
いたたまれなくなってその場から逃げ出すように去ってしまった。せめて、バンくんにだけは誤解を説いておきたかったけれど。
廊下を走りながら、先程抱いた不安が現実に起こらないことを願う。
エンペラーM2の爆発音は結構な大きさだった。さらに今、会場は仄暗い。
名前の体調が、ただ心配だった。出会った頃から、彼女は大きな音が苦手だったから。
おそらく、あの事故を思い出すからだろう。幼少時の自分もそうだったからなんとなくわかる。
自分の場合は、なんとか乗り越えることができたけれど。名前の心の中には未だ深い疵痕が残っているのだろう。
本人は否定していたけれど、何年も一緒にいたのだから微妙な変化くらいは感じ取れる。
じりじりと不安感が足元から忍び寄る。名前がいた席はだいたいあの辺りだったはずだ。
視界は段々と暗さに慣れてきたから、薄ぼんやりとだけれども姿を捉えることができた。

「…名前!!」

声をかけると同時に、その場に名前は崩れ落ちた。

***

倒れた名前を、最寄りの病院へと運ぶ。
会場の医務室を借りることができればよかったのだけれど、メタナスGXが強奪された騒ぎでそれどころでは無かった。
ベッドで眠る名前の顔色はまだ少し悪く、額には汗がにじんでいた。そっと、頭をなでる。
まだ名前が海道邸に来たばかりの頃も、こうして倒れることが何度かあったことを思い出した。
当時は毎晩毎晩うなされていた彼女の手を必死に握って、ずっと傍に居て。
初めて名前に出会った時も、彼女はうなされていた。
あの事故の後、病院へ運ばれて、しばらく入院していたとき。となりの病室から苦しそうな声が聞こえてきて、恐る恐る覗きに行ったら、同い年くらいの女の子がベッドの上で表情を歪めていた。

「…お父さん…っ、お母さんっ…」

直感的に、きっとこの子も自分と同じ事故の被害者なのだと思った。
そっと、手を握り締める。ひとりでうなされているときに、誰かの体温を感じることができれば、それだけで安心できるから。
手を握った所為かどうかはわからないけれど、次第にその子は落ち着き始めて、穏やかな表情で寝息を立てていた。
その姿に少しだけ、どきり、と胸が弾んだような気がした。
もし、この子が起きているときに話せたら。少しでいいから、会話をしてみたかった。
同じ事故にあったという感情を共有したい、という理由もあったけれど、興味本位でなく、もっとこの子のことを知りたいと思ったのだ。
それから数日経って、退院し、海道邸に住み始めて。その1週間後くらいに、彼女が、名前がやってきたことにひどく驚いた。

「ねぇ、きみ、ぼくと同じ病院にいたよね」
「…そうなの?」
「うん、そうだよ。ぼく、きみのこと見たことあるもん」
「…そうなんだ」

当たり前だけれども、名前はジンのことを知らなかった。意識の無い時に一方的に遭遇したのだから。
もう、彼女は悪夢に悩まされないようになったのだろうか。それだけが心配で、数日してからこっそりと彼女の部屋の前を通ったこともあった。
来てみたはいいものの、どうしたものかと戸惑っていたら、微かに部屋の中から泣き声が聞こえてきた、ような気がした。
夜も遅くだったけれど、ためらいがちにドアをノックしてからそっと開ける。

「…だれ?」
「ジンだよ、その…だいじょうぶ?泣いているの?」
「…こわいの」
「こわい?」
「くらくて、さみしくて、ひとりはこわいの…ひとりはいやなの、こわいの」

枕を抱きかかえ、涙声でこわい、と弱々しく呟く名前の姿は儚げで。
悲痛な表情を見るのが辛かった。笑顔でいてほしかった。どうすれば、彼女は笑ってくれるのだろうか。

「…ひとりじゃないよ、ぼくも一緒だから」
「一緒…?」
「ぼくのパパとママも、…もういないんだ」
「橋が、落ちちゃったときに?」
「…うん」
「そっか…」
「だから、ぼくたちで家族になろう?」
「家族…?」
「うん、一緒に暮らすんだから、ぼくたちは家族だよ。もう、ひとりじゃない、ずっと一緒だよ」
「ずっと…、一緒…、家族」

間違ったことを言っているつもりはなかった。
一緒に暮らすから、ずっと一緒にいるから、家族になろう。
一度は失ってしまったものだけれど、擬似的なものだけれど、それでも。
同じ悲しみを共有して、同じ時間を過ごして。そうやって積み重ねていけば、擬似的だとしても、絆はそこにできるから。

幼い頃の約束。
名前本人は海道邸に来た当時の記憶が曖昧らしく、覚えていない約束だけれど。
それをずっと守って、現在に至る。守れて、いるのだろうか。
当時は名前に笑ってほしくて、提案したものだ。
けれど今、自分の傍に名前がいることで、その笑顔が崩れてしまうのであれば。
離れた方が、名前の為になるのではないかとも思う。

「…名前」

未だに目覚める気配のない名前の頬を撫で、唇を噛み締める。
おじい様の描く理想の世界は、本当に彼女が笑顔でいられる世界なのだろうか。
黒々とした疑念の渦が、心の奥底でひっそりととぐろを巻き始めた。

20110820

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