決勝戦はバトルロワイヤル形式だった。 出場したメンバーの機体はエンペラーM2、マスカレードJ、アキレス、ビビンバードX、ジャッジとワンオフ機ばかりだったので、それぞれの性能を観察するのが楽しい、と最初の方は思っていた。 そのうち、灰原ユウヤが着ているCCMスーツに疑問を抱き始める。CCMスーツの構想は加納さんが以前に研究論文を書いていたから知っている。でもそれは使用者の神経系に負担がかかるから、そのネックをどうにかしなければならない、とも言っていた。 知らない間に完成していたのだろうか。 白熱した戦いが続く中、ふと灰原ユウヤに変化の兆しが見えた。髪の色が白くなり、表情も明らかに今までと違う。LBXの動きも、明らかにおかしい。 ビビンバードXが無残な姿へと変貌していく。ユジンさんが一生懸命、丁寧に考えてメンテナンスやコアパーツの配置を考えた子なのに。LBXが傷つく姿は、見ていて気持ちのいいものではなかった。 公式大会のレギュレーションはゼネラルレギュレーションだから、LBXが破壊される試合もいくつかはあったけれども、そこまでひどい破損は無かったから耐えられた。けれども、今ジャッジがしている破壊活動は、あまりにもひどい。 吐き気がこみ上げてきて、頭がズキズキと痛んだ。 「ひどいよ…こんなのってないよ…」 隣にいる友人に大丈夫かと心配される。正直、帰りたかった。けれどジンくんはまだあの場所で戦っている。それを、しっかりと見届けなければならない。 どうやらアキレスとエンペラーM2の2人がかりでジャッジに挑むことにしたようだ。必死に、ジンくんの勝利を願う。 今の灰原ユウヤの状態は暴走していて非常に危険だ。おそらくCCMスーツはまだ未完成かつ実験中で、加納さんはこのアルテミスという舞台を実験場に選んだ。どういう経緯で彼がCCMスーツの被験体になったのかはわからないけれど、このままでは彼の精神が崩壊してしまう。 ジンくんもその状況を理解しているらしく、ジャッジを機能停止させるために必死だ。 息をするのも忘れて、戦いに見入る。もし神様がいるのであれば、エンペラーM2とアキレスが、きちんとジャッジを止めることができますようにと、祈りながら。 *** エンペラーM2とアキレスのタッグにより、無事にジャッジは機能停止した。 ほっと息をつきつつも、まだ優勝者が決まっていないことを思い出す。バトルロワイヤルだった決勝戦。最後は、1対1の戦い。仕切り直しの後に、お互い一歩も引かぬ状態が続く。 アキレスの必殺ファンクションが決まったかのように見えた。けれど、パテ盛りで装甲を強化しておいたお陰か、エンペラーM2はなんとか耐え切った。ボロボロになりながらも必死に戦い続けるエンペラーM2の姿に、涙が滲み出る。お願い、勝って。強く、白くなるほど拳を握り締める。 「エンペラーM2、ブレイクオーバー!」 マイク越しの司会の声が、会場全体に響き渡る。第3回アルテミスの優勝者は、山野バン。 負けてしまった。エンペラーM2が。 けれども、ジンくんの表情はどこか満足気に見えた。全力で戦った結果なのだ。今までジンくんと互角に渡り合える人なんて居なかったから。だから、力いっぱい戦えたことが嬉しかったのだろう。 そんなジンくんの様子が、少し焦ったものに変化したように見える。必死にCCMを操作しているけれど、エンペラーM2が勝手に動いているようだ。 ぞくり、と鳥肌が立った。Aブロックが終わったあとの、あの嫌な予感が再び襲ってくる。 メンテナンスした時に感じた若干の重さの違いは、パテ盛りか新機能が搭載されたものだろうと思っていたけれど。 もしかして。 「避けろ!」 微かにジンくんの声が聞こえる。それと同時に、ステージ上で爆発が起きた。会場内がざわめく。それからしばらくしないうちに照明が消え、辺りは暗闇に飲まれる。 爆発音。 暗いところ。 「あ…ああ…あああ…」 手足がガクガクと震え始める。 頭の中に、もう思い出したくなかった記憶たちがフラッシュバックを始める。 お父さん、お母さん。お外にご飯を食べに行くから、ちょっとだけおめかしして出かけましょう、と微笑んでくれたあの日。 お父さんの論文がなかなかいい評価をもらえたらしくって、そのお祝いに家族3人で車に乗った。 その途中で。トキオブリッジが崩落して。 お母さんが最期まで抱きしめていてくれたことをひどく覚えている。視界が赤く染まっていき、段々と黒くなっていって、ひたすら恐くて、病院で目を覚ましたあともその時のことを何度も夢に見て泣いた。 その時からずっと、大きな音が苦手だった。例えば雷だとか、大雨だとか。そんな時にはいつもジンくんが隣にいて、大丈夫だと安心させてくれたけれど。今はいない。 頭痛がどんどん激しくなる。吐き気が込み上げてきて、思わず口元を手で覆う。息も荒くなり始め、意識が朦朧としてきた。 友人たちの大丈夫?という声も、ガラス越しに聞いているかのように遠いものに思える。 「名前!!」 もう限界が近くて、意識を手放す直前に。 ステージ上にいるはずのジンくんの声が、すぐそこに聞こえた気がした。 20110811 | |