あっという間に全てのブロックが終了し、決勝出場者が確定した。 先程のマスクドJという男性は、見たことのないLBXを華麗に操ってBブロックを勝ち進んだ。 やはりどこかで会ったことがあるような気がするのだけれど、思い出せない。LBXのこと以外にはあまり働いてくれない自分の記憶力が憎らしい。 他にも見覚えのある人は居た。Eブロック代表である灰原ユウヤ。彼のチームメイトが仕様していたLBXは、神谷重工で設計図を見たことがあった。おそらく彼の使用しているLBX、ジャッジも神谷重工製なのだろう。LBXに見覚えがあるのはまだ納得がいくのだけれど。 灰原ユウヤ本人に会ったことは、おそらく無いはずだ。それなのに、どこかで会ったような既視感をひどく覚える。神谷重工を見学した際に会ったのだろうか。それとも、神谷重工に勤務している誰かの息子なのだろうか。 決勝が始まる前に休憩を挟む、とのアナウンスが会場内に響き渡る。この間にお手洗いに行っておこう。立ち上がると、隣で一緒に観戦していた友人に「1人で行ける?迷子にならない?」と心配される。 自分が方向音痴気味であることは自覚しているが、そこまで心配されるほどのものではない。 「だいじょーぶですよー!お手洗いに行くくらい平気ですって!」 そう、胸を張って言った数分前の自信はどこから来たものなのか過去の自分に問い詰めたい。 お台場ビッグスタジアムは広い。本当に広い。お手洗いに行って戻ってくるだけのはずなのに、気がついたら企業ブースの前にたどり着いていた。いろんなLBXやら各企業の歴史やらが展示してあって面白いのだけれど、それらをじっくり眺めていたら決勝の開始に間に合わなくなってしまうから一刻も早く座席に戻りたい、のだが。 「あれ、名前嬢じゃないですか〜」 後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこにはスーツ姿に牛乳瓶の底くらいあるメガネをかけた青年が居た。 誰だろう、と首を傾げていると青年は思い出したかのように紙袋から赤いマスクを取り出し装着する。 「…あぁ、ユジンさんー!どうもですー、決勝進出おめでとうございますっ!」 「結構久しぶりですね、最近は秋葉原で見かけないから心配してたんですよ」 「あっ、そういえば最近行ってなかったです…、新しいパーツとかチェックしに行かなきゃ…!」 「新しいパーツもいいですけど、また裏通りで迷子にならないでくださいね」 「…はーい」 ユジンさんとは、秋葉原で以前知り合った。 秋葉原の裏通りにあるパーツショップを覗いているうちに駅までの道がわからなくなり、ついでにCCMの電池残量もわずかになり途方にくれていたところに「泣きそうな顔の女子を正義の味方が放って置くわけにはいかない!」とかなんとかで助けれくれたのだ。それ以来秋葉原に行く時には何だかんだと世話を焼いてくれる。 ユジンさんは正義の味方オタレッドとして秋葉原の平和を守るべく日々奮闘しているらしい。今回はアルテミスの平和をうんぬんかんぬん、と言ってたような気がする。 「ビビンバードXの動き、以前よりも俊敏になってましたねー!アタックファンクションの威力も増してたから、CPU新調したんですか?」 「おぉ、さすがは名前嬢!よく見てますなー、そうなんですよ!」 「以前はゾディアックLGシリーズのIIIを使ってたんでしたっけ?今回はそれのIVですか?」 「ビンゴです!やっと入手できましてねー、コアパーツの組み合わせを考えるのが大変でしたよ」 「でも苦労した甲斐がありますねっ、よりビビンバードXの性能を活かせてていいと思いますっ!」 「ええ、これで優勝狙って頑張りますよ」 「いえいえっ、優勝するのはエンペラーM2です!なんてったって私が頑張って調整したんですから!」 ひとしきり盛り上がってから、ハッと気がつく。 そういえば自分は今迷子だったということに。目の前に居るユジンさんに観客席の入り口を聞いた方がいいのではないだろうか。いやしかし、出場者であるユジンさんは知っているのだろうか。 聞こうかどうしようか迷っていると、急に黙り込んだ名前に違和感を感じたユジンさんが「どうしたんですか?」と尋ねてくる。ダメで元々だ、聞いてみよう。 「あの…っ」 「名前」 聞きなれた、すこしばかり低めの声が耳に入る。 振り返るよりも先に手を引っ張られ、ユジンさんからどんどん遠ざかる。空いている方の手でさよならの意味を込めて手を振ってはみたものの、ユジンさんはポカンとした表情を浮かべていた。実際、名前にも今何が起こっているのかよくわかっていない。 「ジンくん、ジンくーん!ストップストップ!」 「………」 「ジンくん…、手、痛いよ」 「…すまない」 若干強い力で握られていた手が開放される。急に現れて名前を連行したジンくんは、どうしてそんな行動をしたのか、ジンくん自身にもよくわかっていない様子だった。 観客席に名前を探しに行ったら、随分前にお手洗いに行ったきりまだ戻ってきてないと聞いて、まだ迷子になっているのだろうと探しにきてくれたらしいのだけれど。 ユジンさんのことをジンくんに紹介したかった。ユジンさんにも、いつも話しているエンペラーM2の持ち主であるジンくんを直接見てほしかった。そんな暇も無いくらい、あっという間に連れてこられてしまったのだけれど。 「…さっき話していた人は、知り合いだったのか?」 「うん、ユジンさんって言ってね、いつも秋葉原でお世話になってるんだよ」 「そうか…会話の邪魔をして、すまなかった」 「ううん、もう終わりかけてたから気にしてないよ。ジンくんにユジンさんのこと紹介したかったけどね」 「…すまない」 「気にしてないからいいってー!…それより、決勝頑張ってね」 「ああ」 そう言って微笑んだジンくんは、いつも通りのジンくんだった。 さっきまでのジンくんは何だかいつもと違って、どこか少し、怖いような、そんな表情だったから。 「…観客席まで一緒に行く」 「ありがとうー、ジンくん」 今度は優しく握ってくれた手の温もりを感じながら、ゆっくりと歩く。 その道中で、ジンくんが何気なくぽつりと漏らした「決勝の前に名前に会いたかったんだ」という言葉が、なんだか少し嬉しかった。 20110811 | |