「…あれ?」

エンペラーM2のメンテナンスの最中に、ふと違和感に気がつく。
昨日調整した時は破損部分を補修することに一生懸命だったからわからなかったけれど、少しエンペラーM2が重いような気がするのだ。
そこまではっきり感じられるほどではないのだけれど、なんとなくいつもと違うような。

「どうかしたのかい?」
「あ、ジンくん…えっとね、エンペラーM2の重さがちょっと違うかなって思って…」
「…昨日、神谷重工での内覧会の前にエンペラーM2を預けたから、もしかしたらその時に神谷重工側で調整したのかもしれない」

なるほど、それなら納得がいく。おそらく加納さんあたりが新機能を搭載したのだろう。
元通りにエンペラーM2を組み立て、ジンくんに手渡す。ちらりと時計を見ると、Bブロックの開始時間まではまだ余裕があった。
受付付近には様々な会社の展示ブースがあったから、それを見てから席に戻ろうか、なんて考えていたら。

「行こうか」
「…え?」
「名前のことだから、展示ブースに行くのにも迷子になりそうだ。一緒に行く」

展示ブースに行きたい、と顔にでも出ていたのだろうか。ぼんやりしていると、置いて行くよ、とジンくんに言われてしまったのであわてて後を付いていく。
いつもいつも、名前の考えていることはジンくんにお見通しだ。
食べたいと思っているものや、やろうと思っていること。単純に名前がわかりやすいだけなのかもしれないけれど。
一緒に過ごした時間は同じはずなのに、名前はジンくんの考えていることは半分くらいしかわからない。
それがちょっとだけ悔しかった。たぶんきっと、ジンくんはそういうことに敏感なのだろう。

「わ、ごめんなさいっ…」

考え事をしながら歩いていた所為か、前をよく見ていなかったため、通路に出たところで人にぶつかってしまった。
少し痛む鼻を抑えつつ見上げると、目の前に立っている男性は大丈夫か、と心配をしてくれた。
帽子にマント、そして仮面という姿の男性は会場の中では少し浮いているように見えた。全身黒だから目立つのかもしれない。
その声にどこか聞き覚えのあるような気がしたのだけれども、どこかで引っかかっていて思い出せなくてもどかしい。

「あの…、どこかで会ったこと、ないですか?」
「…君がそう思ったのなら、そうかもしれないな、セニョリータ」

名前の顔をしばらく見つめて、男性はそっと手を名前の頭に乗せ、撫でてくれた。
その感覚は確かに以前、感じたことのあるもので。顔を上げると、男性は名前にそれ以上何も言わせない、とでもいった様子で1枚の紙を目の前に突き出す。
一応それを受け取り、どうしたものかと戸惑っていると、ばさり、とマントを翻して男性はその場から歩き出した。
微かにメンテナンスグリスの香りがしたから、きっと大会出場者なのだろう。どんなLBXを使うのだろうか。

「名前」
「あ、ジンくん」
「誰かと話していたのか?」
「話してた、っていうか…」

なかなかやってこない名前を心配したのか、ジンくんがすこし早足でこちらへ来た。
今さっきまでの出来事をどう説明したらいいのか、うまく言葉に出来ない。

「その、手に持っている紙は?」
「あ、今会った人がくれて…」

そういえば受け取ったはいいものの、何であるのか確認はしていなかった。
見てみると、若干急いだ様子の筆跡で「困った事があれば連絡を」と書かれた文章と、CCMの連絡先。そして。

「…マスクドJ?」

おそらく先程の男性の名前と思われる署名がそこにあった。
顔立ちはアジア系に思えたのだけれど、外国の方だったのだろうか。
ふと、時計を見るとBブロックの開始時刻が迫っていた。とりあえず座席に行かなくては。
ジンくんに誘導され、観客席に戻る。ジンくんは選手控え室の方へ向かうらしく、また後でねと手を振った。
司会者の声が響き渡る。このブロックではどんなLBXたちが見れるのだろう。胸が高なった。

20110809

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