あれよあれよという間に時は過ぎていき、円堂くんたちイナズマジャパンがライオコット島へと旅立つ日が来てしまった。 染岡には、あの雨の日以来会っていなかったので少しだけ気まずい気もしたが、この機会を逃したらしばらく会えなくなってしまう。 何時に出発するのか染岡本人からは聞けなかったので、秋ちゃんにメールで教えてもらった。 「…しまった」 しかし、空港は広い。詳しい場所も聞いておけばよかった、と後悔した。出発の時間は刻一刻と迫ってくる。辺りをキョロキョロと見回しながら慌てふためいていると、人にぶつかってしまった。 「いてっ」 「ご、ごめんなさい…あ」 「…苗字?」 おぉ、神よ。という言葉はまさにこんな時にぴったりなのだろう。 ぶつかった相手は半田だった。半田がここに居るということは、少なからず日本代表メンバーの見送りだろう。 「半田、お願い!染岡のとこ連れて行って」 「お願いって…お前まさか迷子になってたのかよ、だっせー」 半田にいろいろ言われた気がするが、とりあえずつま先をぐりぐりと踏みつけながら早く案内しろと目で訴えると若干涙を目に浮かべながら親切にかつ丁寧に案内してくれた。 やはり持つべきものは友だなぁと思いながら、半田の後ろをついて行く。 見当してた方向とは真逆の場所に日本代表メンバーは集合していた。家族に別れを告げたり、メンバー同士で話をしていたり、人によって様々だった。 半田はもういいだろ、と言わんばかりにちらりと名前の方を見てくる。ありがと、とお礼の言葉を告げ、染岡を探すことにした。 意外と見送りの人が多くて染岡を探すのは大変だった。けれども特徴的なあの桃色の頭のお陰で、そんなに時間はかからなかった。 けれども別に頭の色とか、そんなものがなくてもすぐに見つけられたと思う。モノクロの世界でだって、鮮やかな街の中だって、そこに染岡がいるのであればすぐさま見つけ出せる。そんな気がする。 「…僕たちのぶんも暴れてきてね」 「おう、任せとけ!」 聞き覚えのある声が近づいてくる。なんと声を掛けたらいいのだろうか。とりあえず、笑顔。笑顔を忘れないように、と呪文のように唱える。 なぜだか心臓も活発に動き始めて、体温が上昇していくのが実感できた。 でもここで落ち着くのを待っていられるほど時間は残されていなくて、思い切り息を吸ってから呼びかける。 「染岡っ!」 予想外に大きな声が出てしまったので、染岡の周囲に居た人も名前の方を振り返ってしまった。 誰だ?という好奇の目でじろじろと見られ、後悔の念が押し寄せる。染岡は周囲の人に何か声をかけてから、名前の方へと歩いてきた。 「来てくれたんだな」 「うん…いってらっ…しゃ」 笑顔、笑顔。そう決めていたのに、染岡の顔を見たら涙がにじんできてしまった。 あの日に散々泣いたから、もう涙なんて出てこないと思ったのに。染岡だって困っているだろう。 ぐしゃり、と頭の上に何かが乗せられた。この温かさは染岡の手だ。わしゃわしゃ、と何回か名前の頭を撫で、泣くなって、と苦笑を交えてくる染岡の優しさが心にしみこむ。 「…あのさ、最後にわがまま言ってもいいかな」 「最後じゃねーだろ」 「うん…でも聞いて欲しい」 「何だ」 しばらくの沈黙。周囲のざわめきだけが聞こえてくる。 無言で居続ける名前にしびれをきらした染岡が声をかけようとするのと同じくらいに、小さなつぶやきが聞こえた。 「…て」 「あ?」 「大嫌い、って言って」 「はぁ?」 「そうすれば、見送れる、から」 我ながら馬鹿なお願いごとだ、と名前は笑う。そんな言葉を言ってもらったところで気休めにもならないのに。 むしろ苦しくなるかもしれないのに、なんでそんなこと言ってもらおうと思ったのだか。 染岡の表情は固まったままだった。当然だろう。そろそろ出発の時間が近づいているようで、円堂くんがこちらの様子を伺っているのが見えた。 「…言えるわけねーだろ」 「え、」 「嘘でも好きな奴に言えるか、んなこと!」 あまりにも大きな声で言われたので、目が点になるかと思った。 周囲にいた人々…吹雪くんとか、鬼道くんとかも口をあんぐりと開けてこちらを見ていた。 それが少し恥ずかしくて、目を合わせないようにするのに必死だ。そんな中、ガシッと染岡に肩をつかまれる。 「いいか、よく聞けよ」 「な、なに」 「…俺は、苗字名前が、大好きだ!」 それはもう、空港いっぱいに響き渡るんじゃないかという程の大きな声で叫んでくれたものだから、嬉しいだとかそんな気持ちよりも羞恥心の方が強くて、どうしたらいいのか頭がパンクしそうだった。 あわあわしているうちに出発時間になったらしく、じゃあな、と染岡は背中を向けて行ってしまう。 また涙が溢れてきたけれども、きっとこの涙は嬉し涙なのだろう。遠くなる染岡の背中を見つめながら、そっと瞳を閉じた。 いってらっしゃい、がんばって。 20100610 image song モノクローム by 中原麻衣 | |