※BL要素があります
※悲恋です
※心の広い方向け

彼の隣にずっといられると思っていた。
けれどそれは叶わぬことだったのだ。
否、そもそも隣になんていなかった。
ただ、彼の傍に居ただけで。彼の隣は、もう別の誰かの指定席になっていたのだ。
ずっと、好きだった。所詮中学生の恋愛なんておままごとだろうと言われるかもしれないけれど、
それでも、自分が生きてきた十数年間の中で、一番の恋だと思っていた。

好きな人に彼女ができたから諦める、なんてよくある話だ。
想い続けるのは人の自由だけど、決してこちらには振り向いてくれないとわかりきっていても、それでも構わず想うことなんてできるのだろうか。
友人から借りた少女漫画を流し読みしながら主人公のひたむきな想いを小馬鹿にしたことを思い出す。
そんなこと、ただの無駄なことじゃないかと。
無駄なことを好まないとある先輩あたりに「無駄やな」とざっくり切られてしまいそうだなと。
そう、思っていたのに。思っていたはずなのに。
好きな人に、恋人がいた。
でも、諦めるなんてできない。
この間まで散々少女漫画を馬鹿にしていた自分はどこへ行ったんだろうなぁ、とうすぼんやりとした意
識で考えふける。
仕方ない。これは、仕方ないことなのだ。

彼の恋人が美人で頭も良くて、非の打ち所がないくらい素敵な女の子だったらよかったのに。
それならばあぁ敵わないなぁと簡単に諦めることができた。
でも、違うのだ。
私の好きな人──財前光の恋人は、男なのである。

財前とは一年の頃から同じクラスだった。
耳にピアス穴がいくつも開いてるし、無表情でいることが多かったし、全校朝礼で校長のギャグに反応すらしないし、とにかく最初の頃は怖い印象しかなかったのだけれど。
たまたま同じ図書委員になって話すようになってからは、怖いだけの人じゃないことを知った。
財前が勧めてくれたインディーズバンドは好みドンピシャだったし、
意外と甘味に目がない一面もかわいらしかった。
寡黙でクール!なんて女子に騒がれていたけれど、よく人のこと馬鹿にするし、人がアホやらかすとくっくと笑ったりするし、鉄面皮かと思えば意外とコロコロ変わる(ほんの僅かな変化だから気づきにくいけれど)表情はたまに可愛らしく見えたりもした。
彼の隣は居心地がよくて、特に会話なんてなくても過ごしやすかった。無言で居る時間すらも、どこかあたたかくて、幸せなのだ。
それは財前も同じだったようで、親友のような、友達以上恋人未満のようなぬるま湯めいた関係に落ち着いていたのだ。
告白せぇへんの、と友人に言われたこともあった。
でも、関係を壊したくなくて。
隣にいられるなら、このままの関係でもいいやと甘えていたのだ。
終わりなんてあっという間に訪れることを知らなかった、知らないフリをしていた。

「あれ、そんなブレスしとった?」
「…ちょっと前に買うた」

休み時間に財前の隣で談笑していたら、何気なく、財前の腕に普段見慣れないものを目にしたから聞いてみただけなのに。
それ以上は聞くな、と目で訴えられてしまった。
そうなった以上、こちらから話題をほじくりかえすわけにはいかないから仕方なく紙パックのいちご牛乳を吸い上げる。
ベコリという音と共に紙パックはへこんだ。
ちらりと財前の顔を見れば、相変わらずの仏頂面で音楽雑誌を読んでいた。後で借りようかな、と考えていたら、ふいに財前が顔を上げる。
口角が少しだけ、上がっているように見えた。その表情は喜びをかみしめているような、嬉しそうな。

「苗字ーっ!!苗字おるかー!?」

背後から急に大きな騒がしい声が聞こえてきて、思わず肩が跳ねた。
聞き覚えのある声の主は、相変わらず眩しい髪の色と笑顔で教室の入口に立っている。
教室の隅で女子がきゃあきゃあ騒ぐ声が密かに聞こえた。
3年の、忍足謙也先輩。テニス部のレギュラーで、部長の白石先輩とよく一緒にいるから有名人。
3年女子の間では「謙也なー、ええ奴なんやけど彼氏にはしとうないわー」ともっぱらの評判。
けれどその面倒見の良さから、1.2年の女子には憧れの眼差しを向けられることが多い。本人は気づいていないみたいだけど。
何故ここまで自分が忍足先輩に詳しいのか、それは至極簡単な話で、私と忍足先輩は同じ放送委員会に所属しているからだ。
しかもペアを組むことが多くて、話す機会も自然と増える。

「なんや自分、財前と同じクラスやったん?」

最初の委員会の集まりで、いきなりそう話しかけられた。
共通の友人である財前の話題をきっかけに、私と先輩が打ち解けるのはそんなに時間はかからなかった。
財前との会話で女子の名前が挙がるのは珍しいことだったから私の名前は覚えていたそうだ。
忍足先輩は明るくて、人懐っこくて、いわゆるムードメーカー的存在とでも言うのだろうか。
あの人を嫌いになれる人はそうそういないだろう。私も、異性に向けるそれではなく、友愛的な意味で好意を抱いていた。

「…せんぱーい、相変わらずうるさいわー」
「そうか?これでも抑えたつもりなんやけどな」
「もー、めっちゃ注目されとるやないですか、先輩のせいやで。んで、何の用ですか?」
「あぁ、あんな今度の委員会で…」

委員会の話をしに先輩が教室にやってくることは珍しくない。
私と話すついでに財前にちょっかいを出していくことも多い。
財前と過ごす2人の時間も好きだけど、先輩を交えて3人で過ごす時間も好きだった。
移動教室で2年の階を通る時は白石先輩と一緒に私たちの教室の前を通って、手を振ってきたりもした。
クラスの女子はきゃあきゃあ騒いだので、財前は若干眉間に皺をよせつつもひらひらとやる気なく振り返していたっけ。
先輩の話に適当に相槌を打っていると、話半分に聞いていたのがバレたのか、コラ、と軽く小突かれた。

「もー、何する…」

言葉を続けようと、思ったけれど。
先輩の右腕に、きらりと光るソレを発見してしまったから。
シンプルな、でもセンスの良いとわかる、ブレスレット。それには見覚えがあった。
つい先程、全く同じデザインのものを見たから。財前の腕にも、確かにそれはあった。
テニス部のみんなでお揃いのものを買ったのかもしれない。
財前のセンスええなー、って、先輩が真似して買ったのかもしれない。けれど。
先輩が大声で私を呼ぶ前の、財前のあの表情を思い出す。あんな表情は、見たことがなかった。珍しい、と思ったもの。
もし、それが、先輩を見かけたことによって生み出された表情、だとしたら。

ねぇ、財前。今、アンタは、どんな表情してんの。

急に元気が無くなった私を心配した先輩の表情が曇った。
ちゃうんです、ちょっと、お腹空いてもうて。朝ごはん、慌ててあんま食べられへんかったからと誤魔化せば、そか、昼休みまで頑張れやと励まされた。
チャイムがいつの間にか予鈴を告げていた。先輩は自慢の足で颯爽と3年の階へと去っていく。
教室の中へ戻れば、今度は財前にも心配された。

「アホ面がブサイクになっとるで」
「…うっさいわ、お腹空いただけやもん」
「なんやそれ。お前の辞書に色気って言葉は載って…なさそうやなぁ」
「うわぁーひどぉー。今ので余計傷ついたわー光くんのアホー」
「気持ち悪い」
「キモいって言われるよりもそれダメージでかいなぁ」

いつも通りのやりとりをしながら、頭の中ではブレスレットのことがちらついていた。
聞いてみるべきなんだろうか。でも、何故か聞くことが怖い。聞いてはいけない。そんな気がした。

「…忍足先輩、ほんま足速いなぁ、予鈴鳴り終わらんうちにぱーっと行って」
「あの人、速さだけが取り柄やからな」

フッと、笑ったその表情は、柔らかいもので。
そんな顔は私と一緒に居るときには絶対見せてくれないもので。
もう、ここまで来たら女の勘というやつだ。
1年近くずっと目で追い続けた好きな人のことだから、わからないわけない。
私の指定席だと思っていた財前の隣は、もう、別の誰か──忍足先輩の指定席になっていたんだ。

同性愛に否定的な感情を持ちあわせているわけではない。
海外では同性婚なんてよく聞くし、好きになってしまった相手がたまたま同性だった、ただそれだけなのだろう。
それでも。
自分が「女」だったから選ばれなかったのかな、とか、そういった黒々とした考えは生まれてしまう。
でもきっとそれは違う。女とか、男とか、関係なしに、忍足謙也という存在そのものを、財前は好きになったのだろう。
よくよく注目しれみれば、3年生が校庭で体育をしているときに頬杖をつきながらどこか柔らかそうな瞳で見守る姿とか、私よりも先に先輩が教室に来ることに気がつくところとか、先輩の話をするときとか、本当に幸せそうな顔をしているのだ。
忍足先輩も、それは同じだった。ふたりとも、同じ瞳で、お互いが、お互いのことを見つめている。
ずっと財前のことを見ていた私だから、気がつけること。
たぶん、私も、同じような瞳で財前のことを見ている。好きで好きでたまらなくて、相手の幸せを願う気持ち。
きっと先輩なら、不器用で刺々しい財前のこともやさしく包み込んでくれるのだろう。
私にはできない愛し方で、財前の心を満たしてくれるのだろう。
わたしには、できない。でも、先輩は、できる。

悲しくて悔しくて切なくて辛くて泣きたくて喚きたくて苦しくて耐えられなくて抗いたくて逃げたくて籠りたくて隠れたくて避けたくてもがきたくて吐きたくて止めたくて、
よくわからない感情が一気に押し寄せてきた。
あぁ、こんなにも財前のことが好きだったんだな。
先輩とふたりで、幸せそうにしている財前の姿が眩しく見えた。
いいな。
純粋に、そう思えた。

☆☆☆

「なんや、急に呼び出して」

気だるそうにしつつも、なんだかんだ来てくれる財前の優しさが好き。
財前は大抵、女子からの呼び出しはスルーすることが多い。
告白をされても、本気で嫌そうな顔をして、きっぱりと言葉のナイフで相手を切り刻む。
それが彼なりの優しさなのだけど。「最初から期待持たせたらアカンやろ」と、ポツリとつらそうに放課後の教室で呟いた彼の言葉を忘れない。
すごく大事な話があるから、直接会って話したい、とメールすれば、どこにおるん、と即効で返事がきた。
私と財前の家の中間にある公園を指定すれば、しばらくしないうちに彼の姿が現れて。
先輩と仲良くしてたんじゃないのかな、と思ったけれど。財前は、「友人」として私のことをすごく大事にしてくれている。
馬鹿やって、笑いあえる、気を使わなくていい、そんな友人関係は気楽で、大切だった。

「…あんな、私、財前とはずっと友達でおりたいんや」
「はぁ?」
「んー、できたらな、親友でありたいとも思う」
「いきなり何言うてんのや」
「財前、忍足先輩と付き合っとるやんな?」

息を飲む音が、した。

「…うわ、財前のアホ面貴重やわ」
「うっさい」
「あんな、大事な大事な友達の幸せやからな、ちゃんと祝福してあげたいんよ」
「ホモやったら祝福できへんわけか」
「ちゃうちゃう、財前の選んだ相手なんやから男だろうがオカマだろうが人外だろうがちゃんと祝ったる」
「何が言いたいんや」
「…ふんぎり、つけさせてな」

それまで座っていたブランコから飛び降りると、ぎぃ、と古めかしい音が鎖から発せられた。
足元の影はもうだいぶ長くて、財前の方を見やればちょうど背後に夕日が見えて眩しかった。

「私、財前のこと、好き」

友達としてじゃなくて、一人の男の人として、恋愛として、ずっと、好き。
一緒に居る時間が、アホやってる時間が、寒い日に缶しるこ買って二人でぬくぬくしてる時間が、楽しくって、本当に好き。
財前は目を見開いて、本当に驚いた表情をしていた。
忍足先輩のことを鈍感やから、とかってからかっていたけれど、彼も相当なものじゃないのか。
気づかれているのではないかと思っていたけれど、彼は本当に気づいていなかったようで、やはり自分は友人ポジションで、恋愛的な意味では眼中に無かったのだなと痛感させられた。

「財前のこと、これからも、ずっと好き。でも、恋愛としての好きは、今日で最後。明日からは、友達として、好きでいさせて」

上手に笑えているだろうか。
視界がにじみ始めて、よくわからない。
今財前がどんな表情をしているのかさえ。
急に、視界が暗くなった。頭の上に、私のより大きめな手がそっと乗せられて、耳元で「おおきに」とつぶやかれた。
目の前にある財前の胸にしがみついて、わんわんと大きな声で泣いた。
めんどくさい女だと思われただろうか。でも、泣き続ける私の頭を財前はずっと撫でてくれた。

「好き」
「おん」
「めっちゃ、好き」
「そか」
「ずっとっ…ずっと、好きやった」
「おおきに」

まるで小さい子をあやすように、一定のリズムで、トン、トン、と頭を、そして背中を撫でられた。
財前の学ランが私の涙でぐしゃぐしゃになってしまうのではないかと思ったけれど、でも、涙は止まらなかった。

「…女子の中でやったら、お前が一番やで」
「ほんまに?」
「総合で見たらだいぶ順位下がるけどな」
「それでも、ええ。嬉しいわ」
「単純やな」
「わかりやすくてええやん」

しばらくして、私の涙も枯れ果ててて、ついでに声もちょっと枯れて、目が見事に腫れた顔を「ぶさいく」と財前に馬鹿にされて、だいぶ落ち着いてきた。
ちょお待ってろ、なんてふらりとどこかへ行ったかと思えば、飲み物と、水道で濡らしてきたであろうタオルを手渡された。
目を覆うようにあてれば、ひやりとした感触が気持ちい。

「いややー、めっちゃ優しいやーん、なんかこわーい」
「サービス料1万円」
「鬼か!」

ははは、といつものように笑うことができるようになっていた。
明日からは、元通り。仲の良い友人同士。
だから、せめて、今日だけは。
今日だけは、ほんのちょっとだけわがままを聞いて欲しかった。
何様のつもりや、ってどつかれてもいい。明日からは、財前光の友達の、アホな苗字名前に戻るから。

「…財前」
「何や」
「最後に、お願い」
「せやから何や」
「……キスして」

アホなお願いだと自覚はしていた。
そんなことしたら恋人に怒られるだろうし、友人として見ている人間にできないだろうと。
はっきりと、拒絶されたかったのかもしれない。
財前は優しいから、私を慰めてくれた。今まで告白してきた女の子たちとは全然違う対応だった。それだけでも充分なのに、人は貪欲なのだなと思う。

「名前」

ふと、名前を呼ばれて、顔をあげたら。
すぐ近くに、財前の顔があって。

「…光」

最初で、最後。
本当に一瞬だけだけど、光の唇が私のそれに重ねられた。
カサついた感触と、少し低めの体温。
忘れないように、心に、胸に、しっかり刻んだ。
本当に、優しい人だ。
今まで、私のこと、下の名前で呼んでくれたことないくせに。
枯れ切ったはずの涙が、またじわりと浮かんできた。

帰りにふらりと立ち寄ったスーパーで、オレンジが特売だった。
なんとなく惹かれて手にとったそれは、微妙にオレンジ色になりきっていなくて、だから特売なのかなと納得した。
手にとってしまったからには買わなければという強迫観念におそわれて、レジへと持っていく。
家に帰ってから手を荒い、皮を剥いて口の中に放り込んでやればやはりそれはすっぱくて、顔をしかめた。
私と、同じだ。
オレンジ色になりたかった。なりきる前に収穫されてしまった。
すっぱくて、あまり食べたくなかったけれど、でも、残せなかった。
目から自然と涙が溢れてくるのは、きっとオレンジがすっぱいからなのだ。
頑張って口の中に押し込んで、オレンジは身も形もなくなった。

さよなら、私の恋心。

20121023
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