ラッピングが紐解かれていない、ケーキの入った半透明の袋をゴミ箱の中に見つけたのは偶然だった。
丸めたティッシュを捨てようと足を運んでみれば、一番上に丁寧に包まれたそれが鎮座しているものだから思わず二度見してしまう。
特に埃が被った様子もなく、つい先程捨てられたのだろう。
ゴミ箱の中に入っているものをわざわざ触ることなんて普段じゃ絶対にないけれど、その小奇麗な袋はあまりにも不自然だったのでついつい触れてしまう。
シャカシャカ、というセロファン独特の音を立てたそれの中身はパウンドケーキのようだった。
ぱっと見たところ、焦げている様子もなく不味そうにも見えない。食べ終わった後の包装紙を捨てるならともかく、手をつけずに捨てるとは一体どういうことなのだろうか。
食べ物を粗末にする考えはあまり好きではない。しかし一度ゴミ箱という不衛生な場所にあったものを食べるというのはいかがなものか。
包装されているから中身はきっと大丈夫だとは思うが、これは見なかったことにして元の場所にそっと置いた方が良いのだろうか。
悩んでいるところに、丁度教室のドアが開く音がした。

「なっ……」

音の主である少女は同じクラスの苗字だ。その様子は顔面蒼白、という言葉がぴったりだろう。普段の顔色よりも数段階暗いトーンになっている。
ドアを開けた途端そんな顔で硬直する理由がよくわからなかったが、数秒してからすぐに気がつく。
きっと原因は今凰壮が手にしている包みだ。

「な、何で凰壮くんがそれを持っているのかな」
「ゴミ捨てようと思ったら一番上に変なモンあったから見てただけだ」
「うーわ、ゴミ箱に手突っ込む感じの人だったんだ!うわーばっちぃ。えんがちょえんがちょ」

早くそれを放せ、と言わんばかりに早口でまくしたてられる。
そう言われて素直にはいそうですかと従う性格であればよかったが、この場合は従わない方が面白そうだと気づいてしまったからもう遅い。
がさがさと音を立ててわざとらしく、大袈裟に中身を包んでいたセロファンを開ける。
あ、と小さく聞こえた苗字の声の意味は制止だったのか注意だったのかわからない。
丁寧に、何重かに包まれていたからゴミ箱の埃の被害を受けていない中身をひょいとつまんで、口の中へ入れた。
もちもちとした食感に、かぼちゃの種がアクセントになっていて、甘すぎることなく食べやすい味だ。
食べやすいようにと配慮したであろう、一口大にカットされていたそれを次々に口へ運ぶ。
身体を大きくしたいから何でも良く食べていたけれど、このケーキはそれとは関係なく、ただおいしいから食べたい。そう思った。
すっかり全部たいらげた後、不要となった包み紙をゴミ箱へと投げ捨てる。
中身が無くなって残骸だけのそれは、数分前のものよりもよりゴミらしい。

「…信じられない」
「何がだよ」
「普通、ゴミ箱に入ってたケーキ食べる?」
「中身は平気だったぞ」
「いや、普通食べないでしょ」
「じゃあどうして捨てたんだ」

空気が凍る、というのはまだに今のような状況なのだろう。
その反応と無言は、つまり先程のケーキは苗字が作って捨てたものであると肯定していて。
国語の時間に少し難しい漢字の読みを問われた時も似たような表情をしていた。苗字はすぐに感情が表に出てくる、わかりやすいタイプだ。
さらに言えば。

「竜持にだろ」

バンッ、と大きな乾いた音がふたりしかいない教室に響く。苗字が両手で机を叩いた音だ。
机の上に手を置いたまま俯く苗字の頬は、どこか紅潮しているように見える。おそらく照れ隠しに叩いたのだろう。
表情だけじゃない。行動も、すごくわかりやすい。それが凰壮の知るところの苗字名前だ。

「お前、昼休みの話聞いてたんだろ」

降矢三兄弟はとりわけ目立つ容姿も要素も持ち合わせていたので、女子からやれクッキーだのケーキだのプレゼントを貰うことは少なくなかった。
大抵は渡せたことに満足をしてきゃあきゃあ騒ぎながら走り去っていく輩がほとんどだ。
丁寧に三つ子のイメージカラーのリボンでラッピングされた袋をつまみながら竜持はため息をはく。

「ぼく、甘いもの苦手なんですよね」
「腹が減ってたら食うだろ」
「まぁ、そうですけど。…でもこれ、手作りですよね」
「包みから見てもそうだろうな」
「手作りって、なんだか怖くないですか?得体の知れないものが入ってるかもしれない…余計に食べる気が失せますね」

苦笑いを浮かべ、竜持は袋を凰壮のてのひらの上へ落とす。ぼくはいらないので、よかったら凰壮くんどうぞ、と言いながら。
その時にふと、自分たち3人以外の誰かの足音が聞こえたのだ。おそらくそれは苗字のものだったのだろう。

「…手作り、嫌だって言われたら、あげるのやめようって思うじゃん」
「そうだな」
「だから、捨てたのに。…なのに、凰壮くんが見つけて、しかも食べちゃうし」
「竜持じゃなくて悪かったな」
「別に」

吹っ切れたのか、苗字は顔を上げていた。
手のひらをぎゅっと握りしめて作った拳は若干赤かったので、さっきの衝撃で少し腫れてしまったのではないだろうか。
よくよく見れば、その指先には絆創膏が何枚か貼られていた。竜持が甘いものが得意ではないということを知っている女子は意外と多い。
きっと彼女なりに考えて、甘さ控えめのものを作ったのだろう。不器用ながらも、指先を傷つけながらも頑張って。
気持ちがこもったものだったから、おいしいと感じたのかもしれない。
では、もしその「気持ち」が、竜持ではなく、自分に向けられていたら。
ケーキの味は、感じ方は、変わるのだろうか。

「なぁ」
「何よ」
「今度は、俺のためにケーキ作ってくれねぇ?」

純粋に、苗字の作ったケーキが美味しかったことと。
ケーキの味が変わるかどうかへの好奇心と。
子供っぽい、独占欲のような、あやふやな感情が入り混じって。
思わず口にしてしまった言葉に、苗字は目を丸くして驚いていた。でも。

「…考えておく」

小さなその、了承と受け取れる声が確かに凰壮の耳に響いてきた。
それがなんだか嬉しく思えて──その嬉しさがおいしいものが食べられることからなのか、苗字が自分のために作ってくれることからなのかはわからなかったけれど。
教室の窓から入り込んでくる風が頬を撫でる感覚が、心地よかった。いつの間にか、凰壮の頬も紅潮していたようだ。

20120706 (凰壮/銀オフ)



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