頭がぼんやりする。 睡眠時間がここのところ3時間くらいしか取れてないないせいだろう。 ちゃんと寝ないといけないのはわかっているのだけれど、睡眠時間以外に削るところが無いのだからしょうがない。 教育実習が始まって数日。指導案と記録簿に意外と時間を取られてしまい、朝も夜も実習漬けだ。 数年前までは自分が教わる側として座っていた教室で教壇に立つのは、なんだか変な気分だ。 「苗字先生」と呼ばれるのがなんだかくすぐったくて、未だに慣れない。 「…雷門も変わったなー」 名前が生徒として通っていた頃は、サッカー棟なんて存在してなかった。 入学した前の年に、サッカー部から何人かが選抜されたイナズマジャパンが世界大会で優勝したとかで、サッカー部の人気は強かったけれど。 聞いた話だと、数年前までサッカー部すら存在してなくって、できた後も一時期廃部寸前になったり大変だったらしい。 それが今では名門と言われているんだから、世の中すごいものだ。 ふと、眠気が襲ってくる。我慢できずにあくびをしてしまった。それとほぼ同時に、頭に軽い衝撃を感じた。 「こら、実習生。あくびしないの!カッコ悪いぞ」 「音無先輩!」 「実習中は先生でしょ?」 「…はーい、音無先生」 振り返ればそこには見知った顔の、音無先生がいた。 音無先生は中学校時代にお世話になった先輩。ひとつ上の学年で、一緒にサッカー部のマネージャーを務めた。 別にサッカーが好きなわけではなかったのだけれど。本当に偶然、だった。 中学に入学するまではサッカーのサの字も知らなかった。春休みに偶然覗いた校庭でサッカーをしている人たちを見たら、自然と心が奪われていたのだ。 その中でも一番輝いて見えた人と、目が合って。一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、恥ずかしそうに笑ったその人が、とても素敵に見えた。 その笑顔に惹かれて入学後サッカー部のマネージャーを希望したら、3年生だったからすぐに引退してしまうと知った時の虚しさ。 それでも一度やると言ったのだから、マネージャーの仕事はしっかりこなした。 サッカー部の人気は部員だけではなくマネージャー枠もすごかったのだけれど、黙々と仕事をこなしていった為評価は高かった。 頑張っている選手を応援することは楽しかったし、縁の下の力持ちとしてサポートすることは嫌いではなかったから。 それに、引退してしまった3年生だって、簡単にいなくなるわけではない。練習の様子見にやってくる人も少なくなかった。 その中にあの笑顔の素敵な人がいた。何度か話す機会があって、それだけで充分幸せだった。 あっという間に中学3年間は終わって、結局その後先輩と会う場所が無くなってしまったのだけど。 やっと今日のぶんの資料をまとめ終わった。肩がだいぶ凝った気がする。 明日の分の指導案はまだまとまってないから、今日も睡眠時間を犠牲にしなければ。 お先に失礼します、と声をかけてから余計に重たくなった気がする肩に鞄をかけて、校門へと向かう。 「あれ、苗字?」 校門を出てしばらくしてから声を掛けたられた。 知らない声、というわけではない。でも、まさか。偶然にしては出来過ぎている。 さっきまで思い返してた先輩の声が、あの時より少し低めになって耳に響いてくるなんて。 「やっぱり、苗字だよな!ひっさしぶりだなー」 「は、半田先輩…」 「今雷門で教育実習やってるんだって?苗字が先生なんて変な感じだなー」 「どこでそんなの知ったんですか…!」 「あー、音無からメールで」 「う…あの人はもう…」 久しぶりに会った半田先輩は、どこか昔の面影を残しながらもスーツ姿がよく似合う。 照れくさそうに笑う姿は変わってなくて、やっぱりそこにどきりと胸を弾ませてしまった。 「音無から頼まれたんだ」 「何をですか」 「苗字が疲れてるみたいだから夕飯にでも誘ってやってくれー、って」 「…それだけで、もう何年も会ってない後輩わざわざ探しに来るんですか」 「いや、ちょうどこのあたりに用事あったし、あと俺が苗字に会いたかったんだよ」 「はぁ?」 「キレイになったな、一瞬わかんなかった」 この人は、本当にもう。 鞄に入れていた携帯電話が震えたので、もしかしたらと画面を確認したら。 『実習でお疲れの後輩に先輩からささやかなご褒美!まだまだ残ってる実習期間がんばってね』 と音無先輩からメールが来ていた。 先輩は知っていたのだ。中学時代から今もずっと、半田先輩への思いが消えていないことに。 「さて、んじゃどこに食べにいきたい?」 「半田先輩オススメのお店がいいです」 「…雷々軒とか」 「うわー、女性を夕食に誘うのにそのチョイスですか…先輩らしいですけど」 「なんだよ、奢ってやんねーぞ」 音無先輩には感謝しなければならないなと思いつつ、また半田先輩と話せる喜びを噛み締めた。 20111217 | |