今度の日曜日、空いていますか。 先日お見合いをしてからというものの、海道ジンくんはこまめに連絡をくれる。 中学生とは思えない落ち着きっぷりに驚きつつも、彼と会話をすることに慣れてしまいつつある自分が怖かった。 先ほど受信したメールを読み返しながら、予定の確認をする。日曜日は特に用事も無い。空いてるよ、と返信すると、数秒も立たないうちに着信音が鳴る。海道くんはメールの返信がとても早い。ここ数日間で学んだことのひとつだ。駅前に11時待ち合わせ、と内容を確認してからCCMをパタンと閉じる。 忘れないようにしなきゃな、とカレンダーの方へ目をやったら、視界に満面の笑みを浮かべた母の顔が入った。 「順調そうね〜いいわね〜若いわね〜」 「何を言ってるのかさっぱりわかんないんだけど」 「今のメール、ジンくんからでしょ?」 ニヤリ、という効果音が似合いそうな素晴らしい微笑みを浮かべる母が憎い。仲が良いのはよきことかな、と茶化してくるものだから怒りたくもなるものだ。 仲が良いといっても、メールしあったり、たまに放課後海道くんがオススメだと言うケーキ屋さんでお茶をしたり。やっていることは友達同士のそれと何ら変わりないもので、婚約者うんぬんかんぬんよりも、弟が居たらこんな感じなのかな、という印象の方が強い。 弟、と言うには海道くんはしっかりし過ぎているような気もするのだけれど。 *** 待ち合わせ時間の15分前だと言うのに、もう着いてしまった。なんだかんだ言って楽しみにしているということなのだろうか。今日、どこへ行くのか海道くんは何も言っていなかった。特に行きたいところもないのでお任せすればいいか、と気楽に家を出た。 コンパクトミラーを取り出し、おかしなところはないか確認をする。前髪がほんの少しだけはねているような気がして、手ぐしで必死に直す。 「名前さん」 「わわっ」 急に話しかけられたので、慌ててミラーを落としそうになってしまった。振り返るとそこには海道くんが居て、驚かせてしまいましたか、と謝られる。勝手に驚いたのはこちらなのだから、律儀に謝らなくてもいいのに。そんなところが真面目で、いい子だなと思う。 気にしないで、と告げると海道くんは少しはにかんだような顔で笑う。最初の頃は表情が硬くて、掴みづらい子だなと思っていたのだけれど。段々と慣れてくるうちに、ちょっとした表情の変化もわかるようになって、張り詰めていた空気が和らぐようになって。 それは人に慣れてない仔猫が段々と懐いてくるような、そんな感じがして、どこか嬉しいような気がした。 今までずっと一人っ子だったから、ずっと兄弟が欲しかった。きっと弟がいたらこんな感じで構ってくれたり遊んでくれたりしたのだろうか。 「そういえば、今日はどこに行くの?」 気になっていたことを聞くと、海道くんはポケットから遊園地のチケットを取り出した。 最近新しいアトラクションができたと話題の遊園地で、機会があれば行ってみたいと思っていた場所だ。表情が一気に緩んでしまう。 「じゃぁ、行きましょうか」 *** 「たーのしかったー!!」 新しいアトラクションはもちろん、絶叫系なども楽しんだ。メリーゴーランドのようなまったりした乗り物も乗ったし、限定デザートも食べた。こんなにはしゃいだのは久しぶりかもしれない。 そして今は、観覧車に乗っている。日が西に傾き始めて、観覧車の中は淡いオレンジ色に染まりはじめた。 特に話すこともなく、ゆっくりと観覧車は上昇を始める。だんだん小さくなっていく建物を見下ろしながら、ふと考えた。 海道くんは、何故ここまで構ってくれるのだろうか。元はと言えばおばーちゃんたちの勝手な約束の所為で婚約、という馬鹿げた話なのに。名前と婚約したところで、海道家に何かのメリットがあるとは思えない。 「ねぇ、海道くん」 「何ですか」 「…本当に結婚が可能になるまで、あと5年もあって、その5年の間に好きな子ができたら、婚約破棄とかしてくれていいんだよ」 5年。 5年も時間があれば、どうなるかはわからないものだ。5年後に、やっぱりこんな女嫌だと海道くんが言い出すことだってあるだろう。まだまだ海道くんには未来がある。その未来を奪うようなマネをしているのではないかと、ほんの少し罪悪感に襲われてしまうのだ。 「…本当は、名前さんに会ったのはあの日が初めてじゃないんですよ」 「あの日…?」 「ホテルで、お見合いをすることになった日」 てっきり、あの日が初対面だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。いや、正確には海道くんが一方的に名前を知っていただけのようだが。 「随分前に、迷子の子どもを助けていたでしょう」 「えーっと…あ、うん」 記憶を掘り返す。確かに、随分と前に迷子になって泣いていた子どもを母親に会わせるべく手助けしたことがあった。海道くんは、偶然それを見ていたらしい。 「道行く人がみんな無視していくなかで、名前さんだけは立ち止まってその子に手を差し伸べていた」 それがひどく印象的で、頭にこびりついたのだという。それからしばらく経って、お見合いの話を聞いて、写真を見て驚いたそうだ。 名前はただ、母親を探し求めて泣き続ける姿が昔の自分の姿が重なって見えたから。どうしても放っておくことができなかっただけなのに。それをまさか、海道くんが目撃しているとは思わなかった。何だか照れくさい気持ちになる。 「…だから僕は名前さんが婚約者で、よかった。むしろ、名前さんじゃなければ嫌なんです」 「でも、わ、私特に何の取り柄もないし、普通の高校生だし」 「名前さん」 「…はい」 真面目な声で、名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。表情もどこか真剣で、とても13歳の少年には見えない顔つきだった。そう。海道くんは、年齢の割に大人びた雰囲気を醸し出す。年下の男の子のはずなのに、まるで自分が年下のように思えてくるから不思議だ。 しばらく沈黙が続く。海道くんは言い渋っているようで、どうしたのかな、と不安になった。 「…名前さんが、好きだからという理由では駄目ですか」 まっすぐな、海道くんの瞳に射抜かれそうになった。 観覧車はちょうど頂点に達していて、オレンジ色が濃くなる。顔がやけに熱いのは、きっと西日が強すぎる所為だと思った。 20110718 | |