昔の人は着物で生活していたというのだから、すごいと思う。
帯でぎゅっと締められた状態は窮屈なんてものではない。苦しい。そんな人の気も知らないで、母は呑気に「あらやだ似合うー!成人式もこれでバッチリね!」だとか言っている。正直どうでもいい。
いきなりお見合いだ、と言われ、振袖に着替えさせられて、お迎えにとやってきた高級車に乗せられて、お見合い会場であるホテルへと向かっている途中だ。
帰りたい。帰って、明日の予習とお弁当の用意をしたい。今日は駅前のスーパーで牛乳が安いから買ってこようと思っていたのに。学校からそのままスーパーへ直行ればよかった、と必死に日常のことを考えて現実の非日常から意識をそらそうとしていた。けれどもそれは叶うことなく、あれよあれよと言う間にホテルのロビーだ。先方はまだ到着していないらしい。

「…ちょっと気持ち悪いからお手洗い行きたい」
「あら、大丈夫?気をつけてね」

半分くらいはあんたの所為なんだぞ、と睨んでみるものの、柳に風。にこにことした母の微笑みは崩れることはない。
ふー、と深いため息が出る。今ので何年分の幸せが飛んでいったのだろうか。ずきずきと、こめかみの辺りが痛い気がする。お見合いだなんて、普通の高校生に何させるんだあの人は。ふと、窓越しに見上げた空がやけに青くて、太陽の光が眩しくて目を細める。いい天気だ。洗濯物も溜まっていたからしたかったな、と遠い我が家へ思いを馳せる。
ロビーは何だか空気が重たい感じがして居心地が悪かったので、中庭まで足を運んだ。外で空気を吸ってるから、時間になったら呼んで、とCCMでメールを送信しておく。このホテルの庭は花が綺麗に咲いている、とクラスの誰かが言っていた気がする。中庭では結婚式が行われることもあるらしく、従兄弟の結婚式に参加した時に中庭の素晴らしさを知った、と力説していた。こんなホテルになんて縁はないものだと思っていたのだが、予想外の形で来ることになってしまうとは。
色とりどりの花が咲き誇る中庭は、なるほど確かに素晴らしいものであった。眺めているだけでも華やかな気持ちになれそうだ。できるのであれば、ずっとここで景色を眺めていたい。ぼんやりとしていたら、がさがさ、と物音が背後から聞こえた。
何事かと思い振り向くと、少年が1人、見つかってしまった、という顔で佇んでていた。

「…綺麗ですね」
「…ですね、花がいっぱい咲いてて。ホント、綺麗」

会話が続かない。少年も居心地が悪そうだ。きっと景色を見に来ただけだろうに、先客がいるとは思わなかったのだろう。
このままここに居ては邪魔になるかと思い、気は進まないがロビーへ戻ろうかと思ったやさき、少年に質問された。

「ご友人の結婚式か何か、ですか」
「え」
「その格好」
「あぁ…振袖ね」

見た目華やかなその姿は、ひとりで過ごすには目立ちすぎてあまりよろしくない。少年も、何故振袖姿の女がこんなところにひとりで、と疑問に思ったのだろう。
本当のことを言ってもいいのかどうか迷ったが、どうせこの少年と今後会うこともあるまい。正直にお見合いであることを告げる。ついでにいろいろと愚痴も聞いてもらった。苦笑しつつも少年は聞いてくれた。あとでジュースか何か奢ってあげないと。

「ありえないよね、当日にいきなり言うとか」
「それは確かに」
「あー、やだやだ。もう帰りたい」
「そんなにお見合いが嫌なんですか」
「まーね。会ったことも無い人と結婚を前提に…ってわけでしょ?なんかねー…お互いをちゃんと知ってから、っていうのがセオリーだと思ってたから」
「お互いを知った後なら、問題は無いと?」
「うーん、まぁ、そんな感じ…かな」

そもそも、結婚というものは。
お互いが好き合っていて、これからの一生を共に歩んでいきたい、と思ったらするものではないのだろうか。
政界だとか、お偉いさんの世界では関係を円滑にするための手段なのかもしれないけれど。よくわからない世界だ。

「…そろそろ時間です、名前さん」
「え?」

ふと、名前を呼ばれて反応してしまったが、自分は彼に名乗っただろうか。いや、名乗っていないはずだ。
呆気に取られていると、遠くから母の呼ぶ声が聞こえる。CCMで連絡すればいいのに。

「…あら、もう会ってたのね」

目の前にやって来た母の言葉はよく意味がわからなくて、眉を寄せていると、隣に立っていた少年が柔らかく微笑んだ。

「その子が、今日のあなたのお見合い相手よ」
「海道ジンです。よろしくお願いします、苗字名前さん」

ちょっと待て。
治まっていた頭痛が再びずきずきとやってきた。
なんかもう、いろいろとついていけない。

20110718


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