誰かの泣いている声が聞こえた気がした。

自分の部屋にいて、他人の泣き声が聞こえるなんて。怪奇現象か何かだろうか。怖くなって、カーテンの向こうの窓を開ける。
更に泣き声は大きくなって、といってもわんわん響き渡るようなものではなく、どちらかといえばめそめそ、という方が近い。
泣き声の発生源は、隣人であることを確信した。
向かい合わせの窓の間には、互いの家の屋根があって、その気になれば窓から窓まで移動できる。数年前まではよく遊びに行っていたが、年齢があがるにつれてその回数はどんどん減っていった。

「よっ…と」

久しぶりに窓枠を乗り越える。向かいの窓は鍵がかかっていなかった。無用心だと思いつつも、そっと開ける。
窓を開けたことで、泣き声の音量がほんの少しだけ大きくなった気がした。足をそっと下ろすと、数年前と変わりない学習机がそこにあった。昔はよく足場にしたものだ。それは今も変わらないけれど。
そういえば今日はこの部屋の主の姿を見かけなかった。担任が風邪だと朝のHRで告げていたことを思い出す。部屋の中は暗くて、よく目を凝らさないと状況が把握できない。おそらくベッドがあるであろう方向に視線をやると、小さくなってぐしぐしと泣いている影を見つけた。

「名前」

声をかけると、それは一瞬びくりと震えた。しばらくしてから、声の主の正体に気がついたのか、擦れた声で「真一くん」とつぶやく。

「どうしたんだ」

そっと、名前に近づく。どうやら毛布にくるまっていたようだ。まだ泣き続ける名前の頭を撫でてやると、急に抱きついてきた。

「夢をみたの」

消え入りそうな、か細い声だった。どんな夢だった、と問い掛けると、名前の腕にぎゅうっと力がこめられた。こんな小さな体のどこにあるのだ、と驚くほど強い力だった。まだ熱があるのか、ほんのり身体があつい。

「嫌われる夢」
「…誰に?」
「真一くん、に、嫌われる夢」

少しおさまっていた噎ぶ声が大きくなった。熱があるときは悪夢を見る、とはよく聞く話だ。精神的にも弱ってるなか、悪夢で更に追い詰められたのだろう。
その夢の内容が自分であることがすこしだけ嬉しかった。嫌われる夢を見て泣くということは、それだけ自分を好いてくれているということなのだから。

「大丈夫、俺は名前が好きだよ」
「…ほんと?」
「本当」
「私も、真一くん好きだよ」

涙を拭ってやると、名前はほんの少しだけ笑った。もう大丈夫だろう、そう思って部屋から去ろうとした。
が、それは名前によって妨害される。

「…名前?」
「やだ」
「何が」
「行っちゃ、やだ」

袖口をぎゅっと握られた。また泣き出しそうな顔で、名前はつぶやく。

「…一緒に、寝て」
「はぁっ!?」

思わず大きな声を出してしまった。いくら名前と幼なじみとはいえ、それはまずい。何がまずいって、付き合ってまだそんなに経っていない彼女と一緒に寝るなんて、理性が持たない。持つわけがない。
幼なじみでいる時間の方が長かったせいか、名前はたまに無防備すぎる。目の前にいる奴も男の1人なわけで、ちゃんといろいろ自覚して欲しいのだが。

「…駄目?」

しょんぼり、とうなだれる姿を見て駄目だと言えるほどの強さは持ち合わせていなかったので、渋々名前の要求を受け入れることにした。

「…お前、そーゆー事他の奴に言うなよ」
「真一くんだからお願いするんだもん」

2人で寝るには、ベッドは小さすぎた。心臓の音がいつもよりもうるさくて、名前に聞こえてしまうのではないか。そっと、名前の顔を覗くと、幸せそうに微笑んでいた。

「大好き、真一くん」

耐えろ、明日の朝まで。
ひとまず、額に唇を寄せることで我慢することにした。

数日後、しっかり風邪を移されたのはまた別の話。

20091026


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