足音と立てないように、そろりそろりと間合いを詰める。 あと1メートル。80センチ、50センチ、30センチ、…1センチ。 ガバッと勢い良く、目の前の彼に抱きつく。 「ヤマネコちゃーんっ!」 「うわぁぁー!?」 勢い余って一緒に倒れそうになるけれど、ヤマネコくんが必死に踏ん張ってくれたお陰で地面に足がついた状態を保てている。 小さいけれど、そういう気遣いは立派な男の人だ。ヤマネコくんのそういうところが大好きで、たまらない。 「ヤマネコちゃん、ヤマネコちゃん、大好きー!」 「オレっちのことはちゃん付けで呼ぶなって言ったよなぁ?」 もう何回も注意されているのだけれど、ヤマネコちゃん、と呼ぶ度に呼ぶんじゃねぇ!と言われるやり取りが楽しくて、ついつい呼んでしまう。 本当に嫌だったら呼ばれても返事をしない性格であることはここしばらくの付き合いの中で学んだ。 毎回訂正しつつも反応してくれる、ということは嫌われていない、ということなのだろう。 違うかもしれないけれど、前向きに解釈することにした。 「名前」 「何?ヤマネコくん」 「暑苦しいから、ひっつくんじゃねぇ」 「えぇー…」 手の甲に、じわりと痛みを感じる。ヤマネコくんが名前の手をつねっていた。名残惜しいけれど、これ以上手をつねられるのは嫌なので渋々離れる。 いつもだったらもう少しは抱きつかせてくれるのに、今日は随分と短い気がする。 ヤマネコくんの体温をもう少し感じていたかったのに、残念だ。 それが少し面白くなくて、子どものように頬を膨らませてそっぽをむく。お子様だなぁ、と笑われたけれど、好きな人に邪険にされたら誰だって悲しくなるものだ。 「いいよ、ヤマネコくんなんてもう知らない」 身体も完全に反対方向を向いて、目の前には壁しか見えない状態になる。 本当は、抱きつくことができなくても、ヤマネコくんの顔をじっと見つめていたい。笑った顔、怒った顔、いろんな表情を目に焼き付けておきたい。 でも、ヤマネコくんに手をつねられたことが、なんだか悲しくて。抱きつかれるのは嫌だったのかな、と落ち込んでしまう。 はぁ、とため息がこぼれた。 それと同時に、背中に温もりを感じて。ぎゅっ、と、優しく、ヤマネコくんから抱きしめてくれている。 「…ヤマネコくん?」 「いっつもおめぇから抱きついてくるんじゃ、オレっちの立場がねぇだろぉ」 ヤマネコくんの胸はとっても暖かくて、きっと世界で一番のぬくもりなんだろうな、と思った。 大好きって気持ちが溢れ出して、もう止められない。 20110904 | |