ぱらぱらと参考書をめくる。 もはや見飽きた英語の文法や数学の公式に頭がくらくらとしてきたけれど、見飽きるどころか頭から離れなくなるくらい記憶しなければならない。 目の前に居る彼は、全然興味が無いみたいだけれど。 「…なあ、苗字」 「なんですか郷田くん」 「そこまで必死になって勉強する必要、あるのか?」 いつもだったら私語は慎むように、と注意される図書室も、利用している生徒の数が少ないからかちょっとばかりのおしゃべりなら見逃してもらえた。 参考書を解き進めることに飽きてしまった郷田くんは、ノートの隅に落書きをしている。 「これ、ハカイオーな」と指さされても、ぐちゃぐちゃとした線の塊にしか見えない。 受験生であるという危機感が全くない郷田くんの脳天気さが羨ましくも思える。 郷田くんはミソラ二中の番長なんて不良なことをしつつも成績はそれなりにキープしているのだから、すごい。 そんな彼を捕まえて一緒に勉強しようと持ちかけた名前も、一部ではすごいと噂になっているのだけれど。 「…私、成績郷田くんほど良くないし」 「それでもそこそこの学校狙えるだろ」 「そこそこじゃ、嫌なの」 「望み高ぇんだなぁ」 「…いいとこ行ったほうが、後々の選択肢増えるでしょ」 ぼそぼそと呟いた言葉に、嘘は無かった。 本当のことも言ってないけれど。 選択肢が増えるのは、確かにいいことだ。「ここしか行けません」と最初から決めつけられるよりも、「ここと、ここと、ここが選べます。どれがいいですか?」と選べたほうが、視野も広がる。まあ、これは先生の受け売りだ。 本当は。本当は、郷田くんと同じ高校に行きたいからだなんて、言えるわけなかった。 名前の成績は郷田くんよりほんの少し下で、郷田くんの志望校にはちょっとレベルが足りない。 どうしても同じ高校に行きたくて、必死に勉強しているのだ。こうやって、放課後に勉強会を開きつつ。 「ま、いーけどよ。無理はすんなよ?」 「してないから、全然」 また、変な意地を張ってしまった。 素直に、郷田くんと同じ学校に行きたいから頑張るんだって言えたらいいのに。 きっと彼のことだから、それに深い意味があるとか考えずに「仲間だな!」とか言うんだろうけど。 「…苗字、ちょっとノート貸せ」 「はぁ?ちょ、勝手に持って行かないでよ」 半ば無理矢理にノートを奪い取った郷田くんは、何かをガリガリと描き始めた。 問題を説いている最中を邪魔されて、あまりいい気分ではなかったけれど、返されたノートを見て思わず笑ってしまう。 「…なに、これ」 「何って、ハカイオーだよハカイオー!」 「ぜんっぜん見えないんだけど」 「なんだと?こいつはな、特別仕様なハカイオーなんだよ!」 「…どういうことなのかさっぱりわかんない」 「こいつは合格祈願の念が込められたスペシャルなハカイオーだ、こいつがいれば百人力だぜ?」 無邪気に笑う郷田くんに、励まされた気がした。 ノートの表紙をめくったところにいる、特別なハカイオー。 郷田くんが、名前のためだけに描いてくれたハカイオー。 「受験、頑張ろうな」 ぐっと親指を立てる郷田くんの笑顔が、眩しくて。 先程覚えたばかりの公式が頭から飛んでしまいそうになった。 20110825 | |