※ジンくんの過去話捏造

図書館に行くのが好きだった。
同年代の子たちとどう接していいのかよくわからなかったから。接する機会があまり無かった、というのも理由のひとつだが。
本に囲まれた静かな場所で、いろいろな物語の世界に入り込める図書館は、ひとりで過ごすには最適だったのだ。海道家に引き取られてから、勉強漬けの時間が増えたため、息抜きも兼ねて。
いつものように、隅の方で何冊か本を積み上げ熱中していたところに、すこし甲高い声が聞こえてきた。

「あれ、先客だ」

はっと驚き顔を上げると、そこにはおそらく中学生くらいの少女がいた。パリッとした、きっとクリーニングから返ってきたばかりの制服に身を包み、両手には本を抱えている。世間では夏休みと言われる期間だから、宿題でもやりに来たのだろうか。
まだ小学生である自分には制服姿は新鮮に思えて、そして大人っぽくも見えた。目の前の少女は積み上げられた本を見て、ふふ、と笑う。

「本、好きなの?」
「あ…」
「いっぱい積まれてるね」

何を話したらいいのかわからなくて、言葉に詰まってしまう。けれどもその人は、やさしく静かに微笑んでジンの言葉を待っていた。その柔らかさが、どこか、遠い昔に感じたことのあるような懐かしさを呼び戻した。

「私、苗字名前。」
「…海道ジン、です」
「ジンくんって言うんだね!私、よくそこで本読むんだけど、いつもは私しかいないからびっくりしちゃったんだ」
「そうですか」
「うん、私の特等席ー、だなんて勝手に思ってたから。今日は別の人がいて、ホント驚いちゃったよ」
「…じゃあ、移動した方がいいですね」

名前の言葉に遠まわしに自分がここにいては、彼女の特等席に邪魔なのではないかと不安になる。
けれどもそれとは裏腹に、名前は微笑みを浮かべたまま隣に座り、本を手に取った。

「ううん、移動なんてしなくていいよ」
「そう、ですか」
「うん。誰かと一緒に本読むの、好きだから」

君が迷惑じゃなかったら、隣にいてくれないかな。
その言葉にこくりとうなずき、読書を再開する。お互いに本を読むだけだから会話は無く、そこにあるのは静けさだけなのだけれど。不思議と、居心地は悪くなかった。

「また、あしたね」

それからしばらくして、図書館で名前と会うことが当たり前になっていった。
黙々と一緒に本を読んだり、たまに話をしたり。そんな時間が嫌いではなかった。むしろ、好きだった。名前はどこか中学生らしくない、というか。どこか大人びた態度でいて、時折見せる優しいまなざしは、今は亡き母親のそれとひどく重なる時があって。どうしようもなく泣きたくなって、甘えたくなってしまう。
誰かと重ねるということは、その人の存在を無視していることになるからあまり良いことではないけれど。

「童話、好きなの?」
「…好きじゃいけませんか」

オズの魔法使いや、不思議の国のアリス。積まれていた本の中には学術書も混ざっていたのだけれど、やはり華やかな表紙のそれは目立つらしく、手に手にとって眺められている。
少し子供っぽいと思われてしまうのが嫌で、隠そうともしたのだけれどそれは適わなかった。

「悪いだなんて誰も言ってないよ、私もこういうお話は好きだもの」

ぺら、と紙をめくる音が静かな館内に響く。
本は不思議だ。自分自身はただ涼しい部屋の中にいるだけだというのに、読んでいる間は自分のその主人公と一緒に冒険をしているような気分になれるのだから。不思議の国に迷い込んだり、エメラルドの都を目指して旅をしたり。宝石箱と広げたようなきらめく世界へ羽ばたいていける、日常から非日常へと行ける。

「ジンくん」

ぱたん、と本が閉じられて、きらきらとしていた世界は終わる。
そこにはいつもより真面目な顔をした名前の姿があって、それはどこか現実味を帯びていなくて。館内の冷房が効きすぎているせいなのか、鳥肌が立った。

「私ね、夏休みの間だけおばーちゃんちに遊びに来てたの。…もうすぐ、夏休みが終わるから」

言いづらそうにしていたけれど、続きなんて聞かなくてもわかる。
行かないで、と言う事ができたらどんなによかっただろうか。言えたとしても、どうしようもない。無力なただの子供たちには決定事項を覆すことなんてできやしないのだ。
寂しくなる、と素直に言えればよかった。けれども無駄なプライドがそれを邪魔して、喉のあたりで突っかかってしまって、音にすることができなかった。無言が続く中、名前はあいまいに微笑んでいた。

「ばいばい」

いつもなら、「またね」と手を振って笑顔で去るのに。その言葉がひどく残酷に思えて、胸がしくしくと痛む気がした。ひとりには慣れていたはずなのに。慣れてなければいけないのに。不思議の国に迷い込んだアリスも、竜巻で見知らぬ土地に飛ばされてしまったドロシーも、最後はひとりで還っていったのだから。
それなのに、どうして目の前が滲んで見えるのだろう。頬を伝う熱いしずくの正体に気がつきたくなかった。

図書館に行くのが好きだった。
ひとりで過ごすには最適だったはずのその場所は、いつの間にか来ないはずの誰かの影を追うようになってしまって、自分が「ひとり」であることを余計に感じさせてつらくなった。
大好きだった両親も、一緒に本を読んでくれた名前も、いない。

「また、あした」

誰もいないその場所に、ジンの声だけがむなしく響いた。

20110802

〜最後はひとりで還っていった、の部分はゲーム・リトルバスターズ!より引用させていただきました


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