※檜山さんがダメ人間

ずきずきと痛む頭を押さえる。
昨日の夜からの記憶が曖昧で、どうしたものやら。周囲に散らばっているのはチューハイやらビールやらの空き缶だ。
今いる場所は間違えるはずもない名前の家であり。おそらく昨日は前期最後のゼミが終わったから、という理由で3,4年合同のゼミ飲みがあった。そこまでの記憶はしっかりとある。
その後、まだ飲み足りないという有志で2次会をやることになって、時間も時間だったから飲み屋ではなく宅飲みをしようという話になって、そこから一番近かった名前の家が会場に抜擢されてた。ということなのだろう。この惨状からするに。
とりあえず散らばっている空き缶やらつまみの袋を集めてゴミ箱に入れなければ。よいしょ、と重い腰をあげる。
時計を見ると始発はもうとっくに動いている時間だったので、きっとみんなは帰ったのだろうと思い込んでいた。
急に、足首を掴まれるまでは。

「え、ちょ…」

そのままぐいっと引っ張られれば、バランスを崩して倒れる以外どうしようもなくて。
鈍い音を立てて床にお尻を打ち付けるハメにはり、若干涙が滲む。一体誰がこんなことを、と手の持ち主を見れば、そこには焦点のあっていない目をした檜山先輩がいた。

「ちょっと…檜山せんぱーい、起きてますか」
「…ん」
「完全に寝ぼけてますね…おーい、起きてくださーい、お客さーん終点ですよー」

駅員さんのマネをしてみてもぼんやりとしたその表情が変わることはなく、とろんとした瞳から覚醒の気配は伺えない。
ここが飲み屋だったら、いつも檜山先輩の面倒を見てくれる宇崎先輩がいるから助かるのだけど、あいにくここに宇崎先輩はいない。自力でなんとかしなければならないことに面倒臭さを覚えつつ、檜山先輩を揺さぶってみる。
聞こえるのは気の抜けた、あー、とか、んー、という声ばかりで、こちらまで脱力しそうだった。

「もー、檜山先輩ってば!」

痺れを切らして耳元で大声を張り上げてみる。ほんの少し、目がはっきりとしたような気がした。
もう一息で起こせそうだ、と安心した瞬間。
腕を引っ張られ、気を緩めていた名前はその力に逆らえるはずもなく、そのまま。
檜山先輩に、口付けられた。
突然のことに頭が真っ白になる。その間にも、口の中は得体の知れない生暖かいものに侵食されていく。
それが檜山先輩の舌であるということに気がつくまで、しばらく時間がかかった。
混乱の最中、息がうまくできなくて苦しくなる。その意思を伝えようと、檜山先輩の胸板を握りこぶしで叩いても離れる気配は微塵もない。
後頭部に手を回され、逃げられないようにがっちりと捕まえられている。このままでは、窒息死してしまうかもしれない。
そんなことを考えていたら、口に新鮮な空気が入り込んできた。あの長ったらしかったキスが終わったのかと理解するよりも先に、やっと息が吸えることへの喜びを感じる。
ぜえはあと、マラソンを終えた後のように肩を上下に動かしていると、檜山先輩に肩を押され、視界は檜山先輩と天井のみになる。
これはもしかしなくても、押し倒されている状態というやつで。

「え、えーと。檜山先輩?」
「…苗字。お前、少しは危機感持ったほうがいいと思うぞ」
「わわわ、待って待って、ストップ!先輩、ゼミ内恋愛禁止ってホラ、教授も言ってたですよ!研究に影響が!」
「セックスと恋愛は直結しない」
「この人最低だー!」
「人間の本能だ」

さも当然、とばかりに首筋に顔を埋める檜山先輩の頭を殴ってやりたかったけれど、両腕は頭上で固定されてしまっているためそれは叶わない。
ちり、と感じる違和感にだらだらと汗が流れてくる。まずい。このままだと行為に至ってしまう。
貞操観念だとか、そんなものよりももっと大切なことがある。

「ひ、檜山先輩!やめましょう!っていうかやめてください!」
「何だ、彼氏に悪いからか?」
「いや彼氏は今居ないんですけど…」
「じゃぁ別に困ることはないだろう」
「ある!あります!」
「何だ」
「このまま行為に至ると生殖活動になります」

しばらくの沈黙。
檜山先輩は眉間にシワを寄せて複雑そうな顔をした。
そんな顔をされても、コンドームは100%避妊できるわけじゃないし排卵日直後は妊娠の可能性大なのだからしょうがない。
本能の赴くままに行為に挑んだ結果、おめでとうございますパパになりました!となったら困るのは名前だけではなく檜山先輩もなのだ。学生であるうちは、きちんとわきまえないといけない。
すっかりやる気を削がれてしまったようで、檜山先輩は名前の両腕を拘束していた手を放し、上体を起こす。

「…苗字」
「なんですか」
「来週ならいいんだな」

その言葉を聞いた瞬間檜山先輩の頭に鉄拳を加えたのは間違いではないと思う。

20110727

檜山さんひどいネタしか思いつかない


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