段ボールに、洋服や、日用品などを詰め込む。 元からこの町に長居する気はなかったから、持ってきた荷物は少ない。荷造りは早めに終わりそうだ。 床に何枚か写真が落ちていたのを拾い上げる。学生時代の写真だったが、どれも本当に笑った顔は写っていなかった。理由は自分だけが知っている。 学生時代にいい思い出はほとんど無い、と言っても過言ではない。強いて言えば、良い友人に出会えたことだろう。 その友人から、先日準備が整ってきたとの連絡が来た。この町に未練などかけらも無いから、はやく出発して友人の元へと向かうはず、だった。 未練など、ほんの少しも、残すはずなかったのに。 『檜山さんっ』 彼女の、気の抜けそうな笑顔が頭を過ぎる。 隣に住む、一回り歳の離れた少女。妹のような、姪っ子のような親しみを感じていたのだけれど、彼女が自分に抱いていた感情は違っていた。 好きだ、と告げられても、拒絶することしかできなかった。 所詮30年も生きていない自分が、10代の少女の脆い心を受け止めることなんてできるわけがない。 それよりも、自分にはやらなければならないことがあった。他の存在に、心を奪われている余裕なんて無かった。 だから、拒絶した。 きっと、彼女の抱いた淡い恋心は幻想であると、勝手な自分の考えを押し付けて。 最後に見た彼女の顔は、ひどく歪んでいて。目尻には、涙が光っていた。 その時ほんとうに、彼女を綺麗だと思い。初めて恋愛に近い感情を抱いた自分を知った。 がらん、とした部屋はやけに広く感じる。引っ越してきた当初はそうでもなかったのに。理由はわかっている。いつも、彼女と一緒に居たからだ。 何のことはない、一緒に居ると居心地が良かったのは自分も同じだったのだ。 自分にだけ特別に心を開いてくれるのは嬉しかった。 もし可能なら、つぼみがいつか花開くような成長の過程を傍で見守っていたかった。 もっと、早くに出会えていれば。何かが、違っていたかもしれない。 『その頃なら、わたしと付き合ってくれましたか?』 以前、彼女が笑いながら問いかけてきた言葉を思い出す。 あのつまらなかった学生時代に。放課後の屋上や、大学での研究室で、彼女と一緒に同じ時間を過ごせたら。 「先輩、檜山先輩っ!」 「何だ苗字、相変わらず騒々しいな」 「わたし、檜山先輩が好きです。付き合ってくれませんか?」 「…あぁ、もちろん」 過ぎていく時間は後にはもう戻れない。 『もし』の話をしても、しょうがない。 そっと、手に握り締めていた写真を破り捨て、段ボールの蓋をガムテープで閉じた。 20110715 | |