走る、走る、走る。
廊下を走る行為は先生に怒られてしまいそうだけど、そんなの今は構ってられない。今日はツイてない日だ。授業で使うプリントを忘れたことを思い出して階段昇り降り運動を繰り返し、すでに体力は限界を迎えているのだけれど、それでも走らなきゃいけない。あの先生は忘れ物にも厳しいけれど、遅刻にも厳しいのだ。しかも、説教が始まると長い。とてつもなく長い。その長話を聞いていたら昼休みはあっという間に終わってしまうだろう。お昼ごはんを食べずに午後の授業を乗りきれる自信は無い。
次の曲がり角の後は階段を駆け昇ればゴール、というところまでたどり着いたところで、やけに騒がしいことに気がつく。隣の隣くらいの教室だろうか。やたらとざわざわとした声が響いている。さらに言うのであれば、飛行機やヘリコプターのようなものが飛んでいる音がものすごく近くに聞こえる。今日は低空飛行しているのかな、と頭の片隅で考えつつチャイムと同時に教室に滑りこむと、先生もクラスメイトたちも隣の隣で起こっている騒ぎに夢中のようで、授業は始まる気配すらなかった。よかった、セーフ。ほっとため息を吐きながら着席した。

「戦闘機登校…?」
「そ。なんか転校生が遅れて来たみたいで」
「はっちゃめちゃな子だねぇ…」

ゆっくりとお昼ごはんを食べられる幸せを噛み締めながらおにぎりを口に頬張る。いったい朝の騒ぎはなんだったのか友人に聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。朝ものすごく近くに感じたバリバリという音は、その転校生が戦闘機で登校してきた音なのだろう。変な人だなと思ったけれど、その人のお陰で今朝は遅刻をまぬがれたのだ。誰だかわからないけれど、感謝します。ありがとう。隣の隣のクラスに向かって合掌。なにしてるの、と友達は変なものを見る目でこちらを見てきたけれど、そんなの気にしたら負けだと思う。

満腹になったことで襲ってくる眠気と闘いながら午後の授業を乗り越え、あっという間に放課後がやってきた。今日も1日お疲れ様でした、私。特にやることもないのでまっすぐ家に帰ることにしよう。朝のように急ぐ必要もないので、マイペースに、ゆっくりと廊下を歩く。今日出た宿題は難しそうだったから早めにやっておかなくては、お風呂に先に入ってからにしろうか、帰宅してからの予定を考えていたらどうやら前方不注意だったようで、べしっと誰かにぶつかる音がした。鼻が痛い。あぁ、やっぱり今日はツイてない日だなと実感しぶつかった相手を確認する。

「ごめんなさい、前見てなくて…」
「…………」

無言が重たい。
しかし、こんな子は私の学年に居ただろうか。名前はわからなくても、全校集会などで顔を見たことはあるはずなのだけど。もしかして。もしかすると。

「あの、転校生さんですか?」
「それが、何か」
「……あ、あの、私、あなたのお陰で助かったんです!」

わけがわからないよ、という表情だった。当然だろう。なので順を追って、朝如何に私がピンチな状況に陥っていたか、そして転校生さんのスタイリッシュ登校のお陰で助かったかを力説した。ひと通り話し終わった段階で、転校生さんは理解出来ない、という色の目をしていたのがほんの少しショックだ。確かに国語の成績はあまりよくない方だけど。

「とにかくですね、転校生さんには感謝してるんです!」
「…海道ジン」
「へ」
「僕は転校生さんという名前ではない」
「…海道くん」

どうやら転校生さんという呼称は気に入らなかったようで、教えてもらった名前を呼ぶと少し表情が緩んだ、ような気がした。あくまで希望的観測。ふと、自己紹介してもらったのに自分は名乗らないのは失礼だと気づき、慌てて自分の名を告げる。

「私、苗字名前って言います」
「苗字名前…そう」

それじゃ、と海道くんが足を進めるのをぼんやりと見送りながら、また話せるといいな、と淡い期待を胸に抱いて家路をたどった。

20110614


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